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2010年4月 3日 (土)

橘曙覧を読む

橘曙覧全歌集(岩波文庫)を買ってしばらくになります。
読めば読むほど面白いので、自分なりの解釈や感想を書いてみようと思いました。

p.27より

      阿須波山にすみけるころ
1.あるじはと 人もし問はば 軒の松 あらしといひて 吹きかえしてよ

(大意)
「主人はいるか」と訪ねてくる人がいたら、軒の松よ、「在らじ」といわんばかりの嵐を吹き返してくれ

(感想)
家業を弟に譲り、山に住んでからの歌なんだそうです。厭世歌というか、人里を離れて山に隠れ住んでいる、人に会いたくない、という歌です。それにしても「嵐」を吹きかえさせて面会を拒絶するとは何とも激しい表現ですけれど、軒の松に託してその激しさをやわらげているようにも思えます。

      秋のころ、人しげく木にけるにわびて
2.顔をさへ もみぢに染めて 山ぶみの かへさに来よる 人のうるささ

(大意)
酒に酔った赤い顔で山歩きの帰り道に我が家に立ち寄ってくる人は、うるさく迷惑なものだ

(感想)
これも他人を拒絶する歌です。でも拒絶されているのはただの人ではなく、酔っ払って無神経にやってくる人たち。酔っぱらいを「顔をさへ もみぢに染めて」とユーモラスに表現することによって、拒絶の厳しさをやわらげているように思えます。紅葉はもちろん山の縁語でしょう。せっかく人から離れて山に住んでいるのに、千鳥足で家にやってきて大声で呼ばわる知人に困惑している主人。うるさいのはすっごく迷惑、だけど知人の目の前で戸を閉ざすこともできず、仕方なしに応対して、ぼそっとつぶやいた歌のように私には思えます。

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