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2006年5月31日 (水)

トゥィグワー(沖縄風鳥模様)

Tori1沖縄の伝統的絣模様の中で、私が最も心ひかれるのは「トゥィグワー」。
鳥を抽象化した模様。それも鳥が飛ぶ姿を抽象化している。
この模様が入ったものは見境なく欲しくなる(ので自分を抑えるのに苦労する)。

ある日、沖縄自動車道を車で走っていると、まさにこのようなシルエットが上を横切った。

Tori2
あ、トゥィグワーだ、と思った。
その瞬間、気づいた。

私が本当に好きなのは、鳥ではなく、空なのだ、と。

沖縄の空は本当に美しい。
晴れた日の青空と白い雲、雨や曇りの日の濃淡のある銀色、それぞれに魅力がある。
そして、その空を飛ぶ鳥がいる。
一瞬で過ぎ去ってしまう、飛ぶ鳥の姿。その姿を布にうつしたのだ。
飛ぶ鳥の柄は、背景の布を空に変えてしまう。

このデザインを考案し、最初に織った人は、布の中に鳥の姿を織り込むことで、
織り上げた布を空にしてしまいたかったのではなかろうか。
空を身にまとうなんて、なんという気宇壮大な贅沢。

トゥィグワーの模様ではないが、星空に鳥が舞うデザインに魅せられて、
帯(木綿の半幅)を一本買ってしまった。晴れた夜空の帯、である。

Tori3星空に飛ぶ鳥の姿が白く見えるわけはないのだが、それでもいい。
これは絶対に欲しい、私のための帯だ、と。
帯を買ったのはいいが、この帯に合う着物がない・・・と
白地に格子模様の着物(阿波しじら)まで買ってしまった。

まぁ、決して高い買い物ではない。全部木綿だし。
それに今、見てきたら(居内商店)やっぱり売り切れている。

しかし、ネット通販、恐るべし。
こんな衝動買いは自分でも怖い。
衝動買い対策として、しばらくネットで着物店をのぞくのは止めにしよう。

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2006年5月27日 (土)

奥村晃作 スキーは板に乗ってるだけで(2)

コメントもらって元気100倍(アンパンマン?)、奥村晃作(依然として敬称略にて
失礼いたします)の短歌読み込み、第2弾です。
同じく歌集「スキーは板に乗ってるだけで」から、鶏肉レンジ料理の歌を。

   皮の付く鶏胸肉(とりむねにく)に青ネギを載せてラップしレンジでチンす

乱暴に要約すれば、鶏肉を電子レンジで料理する歌、です。
この歌が理解できない、という人は、鶏肉とネギの煮物料理をレンジで作って食べ
た経験がないだけなんじゃないか、と思います。
・・・すみません。こういう書き方では何もわからないですね。詳しく説明します。

電子レンジで作る鶏肉の煮物って、手軽で、それはそれはおいしいんですよ。
私の手元にある電子レンジ料理の本には「鶏のこっくり煮」として載っていて、
子供が生まれる前、夫婦二人だった頃によく作っていました。
一人暮らしや夫婦だけなど、少人数のご家庭にお勧めの簡単料理です。
この料理の作り方をざっとお教えいたします。

【鶏のこっくり煮】
1.鶏肉(ムネでもモモでも、必ず皮付き)とネギをぶつ切りにする。
2.酒とみりんと醤油(1:1:1)と鶏肉を耐熱容器(ガラスがベストですが、
 陶器、レンジ可のプラスチックでもOK)に入れて混ぜ、ラップでぴっちり蓋を
 し、レンジで3分間調理する。
3.鶏肉を混ぜ、ネギを載せて再びラップし、3分間レンジで調理する。

これでできあがり。
(3分というのは鶏モモ肉1枚の場合です。時間は適宜、調整して下さい。)
レンジの扉を開くと、ラップをとる前から醤油と鶏肉の良い香りが漂ってきます。
熱いので気をつけて下さいね・・・って、いつの間にか料理ブログになってる?(笑)

とにかく、ネギの甘みと鶏皮の油分がほどよく混じって、おいしい料理なんですよ。
レンジを利用してできる、スピード料理の代表格じゃないかと思います。
上に書いたように、とにかく簡単な料理です。簡単すぎるくらい。
なのに美味。こんなに手軽で、こんなにおいしくていいのか!?みたいな。

鶏肉レンジ料理のおいしさについて、簡単ですが、ご理解いただけたでしょうか。
さてここで、最初にあげた短歌をもう一度、読んでみましょう。
しつこいですが、目で読んで意味をとるだけじゃなく、ささやき声でもいいから、
音をちゃんと感じて読んで下さいね。

   皮の付く鶏胸肉(とりむねにく)に青ネギを載せてラップしレンジでチンす

鶏肉レンジ料理の反則的な手軽さ、が見事に表現されているように思えません?
特に青ネギから後、カタカナ語の連続した軽快なリズムが現代風。
流行のラップ(音楽の方です、ヒップホップともいいます)にのせて踊れそうな
くらい・・・って私はそんな踊りはしませんが、それくらいリズム感がありますよね。
このリズム感(軽さ?)もある意味、反則的なのかも。

更にこの料理を作ったことがある人、味を知っている人にとっては、この短歌の
余韻として、容器の熱さ、蒸気と共に漂ってくる香り、などがたちどころに思い
出されて、あー、おいしそう!食べたい!となるんですよ~。
この余韻を味わってみたい方は上のレシピを基にぜひ、作ってみてくださいね。
作って食べてみることで、この短歌の味わいは確実に深くなります。

電子レンジを使えば、短時間で軽々とおいしい料理を作ることができてしまう。
この手軽さを批判するのではなく、無視するのでもなく、ただ、ありのままに描写する。
良かれ悪しかれ、私たちはこういう時代、こういう環境の中に生活している、と。
今の時代ならではの生活詠、だと思います。

・・・一連の鶏肉レンジ料理の歌を、続けて味わってしまいましょう。
歌集の中で次に並んでいるのはこんな歌です。

   鶏肉の臭い消すため青ネギに生姜も載せてレンジで熱す

鶏肉レンジ料理、試行錯誤の歌、でしょうか。
作ってみたけれど、どうも、鶏肉の臭みが気になる・・・。
(もしかして私のレシピとは違い酒・醤油・みりん抜きで調理してたとか!?)
生姜を載せて臭みを消したらもっとおいしくなるんじゃないか?と生姜を加えて
鶏肉レンジ料理に再挑戦した、という歌なんだと思います。

簡単な料理でも、人間って欲深なもの、もっとおいしくできるならしたい、と
思いますよね。そこで生姜を載せるという、ささやかな工夫をしてみた。
そう解釈すると、人間の創意工夫精神について、鶏肉レンジ料理を材料に表現
した歌・・・なんて風にも、深読みできてしまう。
でも次の歌は同じ鶏肉レンジ料理でも、また別の料理だと思います。

   五分間レンジで蒸した鶏肉の指もてつまみよく裂けるなり

これは鶏肉レンジ料理といっても、蒸した鶏肉を裂く感動を詠んだ歌、です。
レンジで蒸した鶏肉って、いろんな料理の素材になるんですよ。
サラダや和え物など、味付けによって洋風和風中華風どれも可能です。
レンジ蒸し鶏は、鍋に湯を沸かしてゆでるよりも、旨みや栄養分が鶏肉の中に
残りますし、蒸し器を出して蒸気をたてて、などという、おおごとをしなくて
済む手軽さも現代家庭向けです。

そして、手で裂きやすい。
包丁なんていりません。肉の繊維に沿って、おもしろいぐらいに裂けます。
・・・ここまでが、この短歌の理解に必要な予備知識。

この「おもしろいぐらい裂ける」という感動が、奥村晃作によってこの短歌に
凝縮されているのです。
この歌によって表現されているのは、以下のようなことだと思います。

皿に載せた鶏肉に酒をふり、ラップをかけレンジに入れる。
(これは歌には表現されてませんが「蒸した」という所で酒蒸しと勝手に解釈してます。)
レンジの前で待つこと、5分。
扉を開け、ラップをはずし、指で持てる温度になるまで鶏肉を冷ます。
そして、裂く。よく裂ける・・・これはおもしろい。

一つの光景と新鮮な感情が、とてもわかりやすく表現されています。
21世紀の日本のある家庭での、ある時間。
日常的な台所での、なにげない光景。
ありふれた平凡な光景なのかもしれませんが・・・そこには、確実に、
感情を持って生きている人間の存在があります。
これをつまらない、退屈な光景、と思う人もいるのでしょう。
でも、平凡な日常の継続こそが幸福な人生、と思っている私のような一庶民
にとっては、身近で、しかもこの上なく幸福な、ほほえましい光景に思えます。

奥村晃作の歌には、日常の中の感動をストレートに再認識させてくれる力が
あるようです。
「再」認識、と書いたのは、知っているつもりでいた、わかっていたような気が
していても実は忘れていたことを、思い出させてもらったような気分だから、です。

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2006年5月23日 (火)

奥村晃作 スキーは板に乗ってるだけで

久しぶりに一冊の歌集を買いました。

奥村晃作(敬称略)の「スキーは板に乗ってるだけで」

第10歌集なのだそうですが、この人の歌集を買ったのは初めてです。
でも前から面白い歌を詠む人だなぁと思っていました。
あとがきに20年以上前の代表歌として紹介されていた歌を、転載します。

   ボールペンはミツビシがよくミツビシのボールペンを買ひに文具店に行く

どこで読んだのかはおぼえてないけど、読んだ記憶はしっかり残っている。
この強烈なインパクト。普通じゃない短歌によって描かれる、ごく普通の日常風景。

「三菱のボールペン、なんて書きやすいんだ!」と思って(?)
「よし、もう一本、買いに行こう」と文具店に向かう。
そういう心情と行動が容易に想像できる。
繰り返される「三菱」「ボールペン」で、いかに気に入っているかがわかる。
リズムもいいし、新鮮な感動が描かれている。
特定メーカー製品への愛着心をここまで的確に詠んだ歌なんて他に知りません。
面白く、新しく、良い歌だと思っていました。
が、これまで歌集を買うほどのご縁(?)はありませんでした。

今回、歌集を買ったのは、bk1で偶然、表示されたタイトルに興味をひかれたから。
タイトルに興味をひかれて表紙デザインも見てしまいました。
ナイスな表紙。タイトル文字が雪山をスキーで滑ってるかのごとく傾いている(笑)
これは買いたい!という気になってしまい、衝動買いしてしまいました。
衝動買いでも、大当たり。買ってホントに良かった。
亭主は「変な題の本~」と笑ってましたが「あとがき」を読ませると納得してました。

せっかくなので、タイトルになっている歌を紹介します。

   一日中雪山に滑り疲れなしスキーは板に乗ってるだけで

あ、目で読んだだけじゃダメですよー。
こっそり、ささやき声でいいので、声に出して読んでみて下さい。
それもいやなら、心の中でもいいです。一音一音、音律を感じてみて下さい。
短歌って「目で読む」だけでは味わうことができないと思います。
特に奥村晃作の歌は、そうです。

さて。読みました?
雪山で軽々とスキーを滑らせている気分になり・・・ません?
頬に当たる冷たい風や、スピード感、爽快感まで、この歌にはあるような気がします。
体力がない者でも若くなくても一日中、楽しめてしまう冬のスポーツ、スキー。
今、私がいるのは暑く湿った梅雨の沖縄なんですけど、一瞬、蒸し暑さを忘れます。

この歌集で他にも気に入った歌を、この場で紹介します。

   皿全体のほんのわずかの欠けなれど捨てるほかなし皿というもの

技巧だなぁ、と思うのは「ほかなし」と平仮名になっていること。
「捨てるほかなし」に「かなし」とほのかな感情が入って見える。

皿のことを詠んでいる歌なんですが、ホントに皿のことだけを歌っているのでしょうか。
すごく深読みすると・・・たとえば、人間のことを歌っているようにも読めます。
人間に、ちょっとくらい欠点があっても捨てて欲しくない、という風に・・・。
作者にはそんな意図はないのかもしれません。
欠けた皿を題材に、反語のような歌を詠んだつもりなんて。
でも、完璧主義に対するささやかな反感、反抗心のようなものは伺われますよね。

ほんの少し欠けた皿なんて、誰もが目にするものです。
こういう日常的に目にするものを題材に、さらっと詠んだ風でいながら、深読みも可能。

面白いなぁ、と思います。
あざらしの「タマちゃん」を詠んだ歌とか、いわゆる時事詠(その時々のニュースなどを
題材に詠んだ歌)も、マスコミ報道そのままじゃなくてちゃんと消化されてて、いいです。

   あざらしのタマちゃんどこかにいるのだがぜんぜん報道しなくなったね

さりげなく、さらっと、マスコミ批判ですよねー。
大上段に構えてないのもこの人のスタイルのカッコイイ所だと思います。

奥村晃作はwebでもご自分の歌を公開しておられます。リンクしておきますね。

奥村晃作短歌ワールド

個人的には、webで読むよりも歌集で読む方が面白さが増すので(なぜだろう)
少しずつ歌集を集めてみようと思っています。

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2006年5月 8日 (月)

夏久留米&海島綿の長襦袢

_3 ゴールデンウィークを過ぎると沖縄では実質的に梅雨入りだ。
空はどんより曇り空、むっと暑くなった・・・と思うと、雨が降り出す。
25度以上の気温、高い湿度、不快指数の高い時期。
部屋ではクーラーの除湿機能を使ったり、扇風機の風にあたったり。

さて。染織こだま に注文していた夏用の着物が届いた(画像)。
夏用の久留米絣(木綿)と、海島綿の長襦袢。
長襦袢には麻の半襟をつけてもらい、麻の足袋も同時に購入。

自作のリゾート柄半幅帯をあわせてみた。
帯締めは伊賀くみひも。夏物用一本独鈷ということだ。
(ちなみに、この帯締めも気に入っている。
簡単な手作りの帯がこの帯締め一本で格が上がるような気がする。)

長襦袢と着物、どちらも軽くて着やすい。そして涼しい。
蒸し暑い沖縄の梅雨時でも、これなら大丈夫そう。
数時間着ても、着崩れほとんどなし、というのもありがたい。

今年の夏用の浴衣をまだ買っていないのだが・・・欲しくなくなってしまった。
浴衣を着る機会があるのだったら、この着物(と襦袢)を着たい。
特にこの久留米絣。袖を通したら惚れこんでしまった、という感じ。
夏に着倒すつもりで買ったのだが、白糸で濃く薄く浮かんだ絣の花模様が実にイイ。
(画像では濃淡がきれいに出ていないが。)
シミをつけたくない。日常着にするにはもったいないかも。
・・・いや、袖を通さずにいる方が、もっと、もったいない。
木綿の丈夫さを信じて、シミをつけたとしても、洗ってまた着よう。
落ちないようなシミは自分の印、と思うことにして。

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