2010年10月31日 (日)

病院の公立と私立の違い

Twitterで木内里美さんから大事な質問をいただきました。

内容が内容だけに、Twitterの140字でお答えするのはとても無理、と思ったのでブログ更新を兼ねて、こちらで回答してみます。

木内さんからのご質問は以下の通りでした。

「病院の公立と私立の違いは何なのでしょう?
 公立は網羅性を担保することですか?
 その差分は医療行政として税金で補填されるべきでしょうが、
 民間経営のように出来ない制限がかかったりするのですか?」

まず、私の頭にある「病院」というのは、ある程度以上の病床数(100床とか数100床とか)の規模の「病院」ということになります。診療所(19床以下)だったり、個人開業医さんは含みませんので、そういう前提でお願いしますね。

で。
病院組織の公立と私立の違い、ってホントに見えにくく、わかりにくいんですよね。

他の業界で、病院業界と似ているのは、教育、それも高校かな、って思ってます。
公立病院と私立病院の違い、は、公立高校と私立高校の違い、みたいな印象。

公立高校にもピンからキリまであるし、私立高校もそう。
地域によっては、公立高校しかない地域もあります。
私立高校しかない地域・・・というのもあるでしょう。
地域ごとの差が大きいし、高校ごとの差が非常に大きい。
でも校風、っていうものは間違いなくあるし、その校風が地域にも影響を与えている。
そして、日本の高等学校教育は、私立と公立、両方が担っていますよね、既に。
(最近、公立高校は無料化されたようですが、この件については触れません。)
あくまでも、たとえ、です。

それから、谷田先生の講演からの受売りみたいになってしまいますが。

「民間にできることは民間に」というスローガンが世の中を風靡したため、
公が担っている医療を縮小し、民を拡大することが良しとされるような、
民間万能論的な医療観が全国に、先に、広がってしまった、という印象を私は持っています。民間病院は参入する立場、 広告費をかけて宣伝したりして、攻めの姿勢で医療にガンガン入ってきた。
公立病院は守りの姿勢、というよりも叩かれるばかりの立場になってしまって。
こちら、公立病院の立場からの、反論も十分にできてないんですよね。

民間病院の院長さんなどは「民間には経営のノウハウがある」と言われます。
でも、民間医療機関にあるのは自由であり、自由度があるのが民間、というのが谷田
先生の見方です。公的医療機関は自由がない、と。

企業の経営・ビジネス用語に、「選択と集中」というのがありますよね。
病院の場合は、どういう医療が地域に必要とされているかを認識し実施し、
どういう医療を棄却する(実施しない)か、を経営方針として「選択」し、
実施する医療に先行投資し、病院の人・モノ・カネすべての資源を「集中」させる、
…のが病院における、選択と集中、だと私は理解しています。
(この理解であたっているでしょうか?私は経営者でも何でもない一勤務医ですので…。)

それと「地域に必要とされている」という言葉には、二つの要素があるように思えるんです。

一つ目は、地域の「医療ニーズ」をマーケティングし掘り起こした結果、必要とされるようになった(地域で実施される医療の内容に変化が生じる)という前向きで戦略的な「必要」。
これは裏返せば「提供しない分野を自分たちで決める」ということでもあります。

二つ目は、採算がとれようがとれまいが既得権的に地域にあって当たり前の医療。
「必要」だから実施されないのがおかしい、と地域の多くの人が考えてしまっている「必要」。

うーん、うまく表現できてるか、自信ないですけど。

公立病院は、システム的に、一つ目の「必要」を満たすのが苦手。
そして、公立病院は、二つ目の「必要な医療」を担うことを義務視、当然視されています。
民間病院はこの二つ目の「必要」は経営上、無視しようと思えばできるのではないかと。

公立病院は「選択」「集中」どちらの自由にも乏しいのです。
「医療を提供することが不可能になってしまいました」という結果論的な不可避事項としてしか撤退戦ができない上に、「投資」という概念は公務員の世界にはないようです。
民間病院と競合すると「民業圧迫、民でできることをなぜ公がやっている」と言われるのは公立だけであって、後から参入してきた民間病院にはおとがめなし。

谷田先生が講演会で出されたスライドを思い出しながら、私なりの解釈を入れて作り直してみました。
(図が汚いのは、JPG圧縮しちゃって画像が劣化しちゃったからです…ご容赦ください)

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すべての民間病院、公立病院、がこの図の通りの役割分担ではないのですが、
こうして図にすると、理解しやすくなるでしょうか。

「参入」と「撤退」の自由がある民間病院が羨ましく思えたりすることもあります。
公立病院には、義務的に提供して当然視されている医療のしばり、が強すぎます。
隣の芝生が青く見えているだけかもしれませんけどね。

それでも、民間病院にはできない、公立病院だからこそできる医療、というのがあります。
もちろん公立病院にはできない、民間病院だからできる医療、というのもあります。
対立したりどちらかを併合したりするのではなく、同じ地域の患者さんに医療を提供するために、協力しあうのが一番いい、と思うんですけどね。

地域の医療が、現時点で公立病院と民間病院の両方に担われている(当地はそうです)のなら、どちらかを潰すとかいう方針ではなく、そのバランスを崩さずに継続・発展していけるようにする、というのが理想的な地域医療の将来像ではないかと、私は考えています。

以上、やっぱり、すごく長くなってしまいました。

あくまでも私個人としての回答であって、私の所属する組織等の公式見解でもなんでもないことは、ご理解くださいね。

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2009年4月13日 (月)

沖縄県の公立病院の現状について

上記のタイトルで、「地域医療の未来を考える懇話会」という会で発表してまいりました。
東京で開かれた50人規模の会合です。私の発表時間は15分。
世話役が旧知の間柄だったために私が発表することになった…というので大筋は間違ってないと思います。
その発表内容の概要を、こちらでも紹介したいと思います。
ネットからお借りしたスライドばかりなので、できるだけ借用元にリンクしつつ。
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まずはこれ。この前提がないと話がしにくい。
私は一勤務医に過ぎませんので、その立場から見た、井の中の蛙による井戸の中の話です、という前提で、話をさせていただきました。

3 この画像はこちらにあったものです。
地理的な位置から、沖縄を中心にみると九州と台湾が同じくらいの距離で、東京や大阪はフィリピンと同じくらい、なんですね。

4 東京に那覇を置いてみた地図です。
(これはかつてこちらからのリンクで入手したものですが、現在はリンク切れになってしまっていますね・・・)
沖縄県って広い範囲に点々と島がある県だ、というのがわかると思います。この地図は後でもう一回、出てきます。

5 沖縄の公立病院の現況について話してくれ、ということだったのですが、沖縄の公立病院というのは図のように6病院。県立病院が大半です。
私は県立病院勤務ですし、主に県立病院の話をさせていただきました。

6 まぁ大体、こんな流れで話をしますよー、というスライドです。


最初は沖縄県立病院の分布から。8
この画像はこちらからお借りしたものです。




10私の勤務先からも画像をお借りしてます。
各県立病院には離島診療所が附属していること、沖縄県の人口はおおよそ130万人だが、その約9割が本島中南部に集中しているといわれていること(当院の診療圏は本島の半分以上の面積だけど人口密度は低い)などを説明しました。

11 これは県庁のこちらから拝借(35ページ)。
23ある離島へき地診療所のうち16は県立病院の附属となっています。

12さて、これが今回の発表で私が最もお勧め!というスライド。赤い点が県立病院の分布、青い点が離島診療所の分布です。
どれだけ広い範囲に点々と病院や診療所があるのか、よくわかるでしょう。北部病院がつくば市ぐらい、宮古病院は愛知県の渥美半島、石垣島にある八重山病院は奈良県にある、というぐらいの遠さです。

13 ということで、分布についてのまとめ。

15 次は歴史です。これはこちらこちらなどからまとめました。詳しくはスライドやリンク先をご覧ください。

19 医師供給源、というか、沖縄県立病院の医師はどこから来ていたのか、という話です。

21 県立病院の長所というか、優等生?(どうしても私はクエスチョンマークをつけてしまう…)というところです。

優等生、という表現はこちらから。(13ページ)

22 沖縄県の人口10万人あたりの医師数がどう推移しているか、というグラフです。これも沖縄県庁のこちらから(リンク先はマクロソフト・エクセルの表です、ご注意を)。

ずっと全国平均よりも医師数が少なかった沖縄が、平成16年から19年の間に全国との差をつめてきています。医師が増えている、ということ。

23 その理由は、医師臨床研修じゃないか、というのが私の仮説です。医師臨床研修の義務化が平成16年(マッチングはその前年)に開始しています。マッチング協議会(http://www.jrmp.jp/)が公表している資料をもとに、毎年の都道府県別マッチ率(マッチ者数/募集定員)ってのを計算して、上位5地域の年次推移をみました。沖縄は常に上位5地域の中に入っています。臨床研修を受けるため、他県から研修医が流入している、というのが私の理解です。

臨床研修義務化で、医学部を卒業したばかりの医師(=臨床研修医)が、都会の病院、都市部の病院に集まっている、と言われています。でもそれは間違いでしょう。
研修医(マッチング当時は医学生)は、自分が良い医師になれるような研修病院を選ぶ傾向があります。沖縄の臨床研修病院は、県立中部病院の臨床研修制度に追いつき追い越せ!の精神で、臨床研修医教育に非常に力を入れています。沖縄の臨床研修病院であればどこであっても一定水準以上の臨床研修医教育を行っている、と私は思っています。他県から見学にきた学生さんの話を聞いて、そういう印象を持っているのです。

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「沖縄にきた研修医は沖縄に残らず、臨床研修が終わると他県に出て行くらしい」という説もあります。これは全県的なデータはないので、自院の臨床研修医について、2年間の研修修了後の就職先が県内であるか、県外であるか、を調べてみました。(調べるというか、人数が少ないので一人ひとり思い出せる…。)研修修了時点での残留率は55%です。これは決して低い数字ではないと思います。

25 これは、こちらの2ページ(pdfファイルとしては3ページ目)の表を見やすくするために病床利用率と平均在院日数を抜書きしたものです。

26 それから、救急搬送について。出典はこちら。(24ページ、pdfファイルとしては26ページ目)

沖縄では県立病院が救急車を断らない、ということになっています。メディカルコントロール(救急隊と救急病院との連携)も、県内は良好…だと私は思ってます、専門外の分野なので詳しく内情を知っている訳ではありませんが、うまく機能しているように思えます。

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さて、欠点というか、劣等生である部分も列挙してみました。


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これは伊関先生の資料から。(6ページ、pdfファイルの7ページ目)


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そして、以前のフォーラムでも使った画像です。


33 最後に、県立病院改革の話をしました。



34 このスライドに挿入した写真はこちらのものです。
リンク先の新聞記事も、読んでみてください。



35 地元マスコミによる報道によって、県立病院問題は県民に広く知れ渡りました。しかし、正確でない報道もあり、誤解が生じているのは残念です。



そして最後のスライドです。36

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2009年3月13日 (金)

県知事が病院にやってきた

今日、県知事が病院に来ました。
事前に「短い時間ですが、知事が職員に話をするので、職員は業務に支障のない限り、集まるように」と連絡がありました。

私が病院に勤めて11年、知事が病院職員に話をしに来られるなんて初めて。
異例のことです。
一体どんな話をされるんだろう、とわくわくしながら知事が来る時間を待ちました。

大会議室に知事をお迎えして、まず院長が挨拶。
院長は病院への県財政からの繰り入れ増額を決断してくださったお礼を述べ、職員みなで事業局と一丸となって頑張ります、人材確保が一番の課題です、というような話をしました。
院長が挨拶を終えると知事が率先して拍手してくださり、遅れて私たち職員も拍手しました。そのまま引き続いて知事の挨拶となりましたので、知事の登場にも拍手をしたような感じでした。

以下、知事の話を思い出しながら書いてみます。

知事は、ご苦労さま、みなさんがやっている仕事を高く評価している、だから今の県立病院の医療を末永く続けるための方法を模索している、とまず言われたように記憶しています。

とにかく「末永く続けるため」ということを何度も言われました。

そのために過去に4回、県で計画を立てて経営改善をやったけれど、うまくいかなくて、今度が5回目。
医療を末永く続けるためで、今やっている医療をなくしたいとかそういうことではなく、続けるために、ありとあらゆる手段を検討しようということで、経営形態の話もその中で、あれはできない、これはできないとかはせずに、どういう方法があるのか、一旦は全部、考えてみようという中で出てきたのだ、と。

でも独法化反対の声があるように、それが誤解されて、病院をぶっつぶそうとしているとか、県が医療をやめさせようとしているとか言われているようだが、そんな訳ではない、自分たちがそんなことをするはずもない、くれぐれも誤解しないでください、と言われました。
平成21年度からまずは3年間、県としてお金を入れて、これまでたまった赤字もなくし、3年といっても1年ごとに様子もみながら、その先のことも勉強しながらて考えて、今の段階でもどうやったら末永く今のような医療が続けられるのかをある程度固めておいて、数年後に気がついたら医療を続けられなくなっていたということがないようにしたい、と。
新しい機械も買って、新しい医療をとり入れていけるように、ということも言っておられたかと思います。

自分たちはどうしても那覇にいるから、離島やこちらの細かいのことはわからず、机上の空論になりがち、机上の空論になっていた所もあるかもしれない、だから気づいたことがあったらぜひ教えて欲しい、病院から建設的な意見を出して欲しい、というようなことも言われました。私たち職員の顔を見ながら、一人一人に語りかけるように。

とにかく、誤解しないで、ということを何度も言われました。

知事挨拶の後、職員みなが拍手。
会議室から知事が出て行くとき、また、拍手で送りました。
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以下は私の個人的な感想です。

知事は、県立病院の現状と課題を、正しく認識しておられる、と思いました。
(伝えてくださった方々にお礼が言いたいです!)

今、現に、この地にある医療を、末永く続けること、そしてより良いものに発展させていくこと、が大事なんです。
最大の問題は、経済的、経営的なことから、続けられなくなりそうなこと。
それ以外にも問題はたくさんあるのですが、まずはお金の問題。資金不足。

一番、頑張らなくてはいけないのは、私たち職員。
だから知事は、来てくださったのでしょう。
「病院をつぶそうとしているのではない」と言いに。

「つぶそうとしていないなら、大丈夫さぁ~」と大船に乗った気にはなれません。
県知事がつぶそうとしなくても、この財政状況では、なすがままにしておくだけで県立病院はつぶれます…。
伊関先生の資料から、私のお気に入りの図をここに掲示しておきます。
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2009年1月12日 (月)

県立病院再建計画

危機的な状況が続いている沖縄県立病院について、現場では大きな動きがあっています。

病院事業局トップが、全県立病院職員に対して各地で説明会を開いたのです。
まずは、地元紙の記事をリンクしておきます。
沖縄タイムス
公立医療維持へ決意/事業局・経営会議設立へ 病院側・人材確保求める
琉球新報
「不採算」部門堅持求める 県病院事業局経営再建説明会

この説明会の意義については、1月11日朝刊の琉球新報「追跡2009」がうまくまとめてくれているのですが、Webには見当たらなかったので、OCRで取り込んだものを掲載させていただきます。私のコメントはその後に。
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2009年1月11日 琉球新報 朝刊
当事者議論の第一歩  県の“本気度”探る現場

県立病院再建計画説明会

  県病院事業局(知念清局長)は、七日の先島を皮切りに九日まで県内各地で全病院職員を対象に、来年度から着手予定の経営再建計画の骨子を説明した。現場からは実効性への疑問や、不安などを訴える声が相次いだが、これまで四次にわたり実施された経営健全化計画では現場職員への説明はなく三日間合計で七百人余が出席した説明会開催自体に意義があった。病院職員一人一人が病院経営の危機、事業局は現場の状況を知り、当事者による病院再建に向けた議論が始まる一歩になったと言える。

事業局の変化

 「これまでの計画は誰がいつ、どんなふうにやるのかという具体策がなく机上の空論だった。今回は財源の裏付けがある計画だ。この計画でできなければ病院の再建はない」。知念局長は強調する。
 今回の説明会で局は、来年度にも病院が資金ショートを起こす可能性があることを明らかにし「二○○六年度からの全適(地方公営企業法の全部適用=現在の経営形態)移行時にすべきことをしてこなかった」と自らのマネジメントの悪さを認めた。宮古病院での説明で、同局の小川和美次長は「国や県に支援を求める以上、現場と局が一体となっていくことが必要。これまでできなかったのはなぜか。一人一人が自分はどうだったか考えないといけない。病院の持続的運営は誰かがやるのではない。われわれがやるのだ」と当事者意識に言及した。

不信と期待

 事業局幹部や院長の強い決意に、病院間で差はあるものの、現場職員にも少しずつ変化が見られた。
 中部病院での説明会では、県立病院経営の最大の問題といわれる約百億円の資金不足について「百億円はわたしたちだけの責任ではない。知事部局にも責任を求めていく」との局の説明に対し、医師の一人は「これまでは『あなたたち』だったのが『わたしたち』という主語で正直、うれしかった。局を信用したい。だから信頼できる言動を取ってほしい」と局へ不信と期待の入り交じった複雑な心境を漏らした。
 各病院で共通して出た意見は、黒字化までの本庁を含む事業局職員の固定化だ。知事部局との交流人事で二、三年で幹部が代わることへの病院現場の不満は以前から根強い。「病院事業の再建の道は容易ではない。県は(再建を一大プロジェクトとして政策上位に位置付け、黒字化まで今のメンバーで取り組んでほしい」と、事業局や県側の“本気度”を測る提言もあった。
 自治体病院の再建には、病院だけでなく、病院にかかわるすべての人たちが当事者意識を持つことが必要だといわれる。事業局と現場の変革を仲井真弘多知事、県議らがどうとらえる
か。医療を守るためにもがく県立病院を、民間医療機関を含めた県民がどう支えるかも課題だ。(玉城江梨子)
20090111sinpo1
病院事業局が策定する経営再建計画の説明を聞<病院職員ら=9日、うるま市の県立中部病院

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一職員として、私見をこちらに書いておきます。

過去にも確かに、経営健全化計画、というようなのがあったことを記憶しています。
でも、すべて計画倒れに終わり、県立病院群の赤字は膨らむばかりとなっています。
計画時点で、「この計画はうまくいかない」「失敗するだろう」と思っていました。
病院の現場を知らない人たちが病院の収入を上げ、経費を削減させる、という計画を立てているようにしか思えず「県庁が作った病院の経営再建計画なんて、机上の空論」「こっち(病院)とは無関係」「失敗は目に見えてるけど、あっち(県庁)が作った計画なんだから、失敗の責任もあっちにある」と他人事のようにしか思っていませんでした。

昨年末に、今回の計画が発表された当時は「また同じような机上の空論なんだろう」と思っていました。発表された翌日の新聞記事をリンクしておきます。
これを読んでも、従来とどこが違うのか、私にはあんまり実感を持って感じられませんでした。
「県一般会計からの繰入金の増額など」と一言、書いてあるのですが、そんなの無理に決まってる、と現実味のある計画とはまったく、思えずにいたのです。

これまでとまったく違う、と感じたのは、説明会の方法と内容でした。
従来の説明会は、午後3時から、とか午後4時から、などと業務時間内で、通常業務に追われている現場では参加しにくいものでしたが、今回は開始時間がそもそも午後6時半。
日勤の職員なら、ほとんど揃うことができる時間帯です。

そして会場のセッティング。
事業局トップと病院幹部が数列に渡り机を並べて、説明側として会議室正面に座りました。これまでは一列、病院事業局からの人だけが並んでいたような気が。

説明会の内容も、これまでと違いました。
資料をもとにした説明ではあるものの、資料の種類を一通り示した時点で職員から一部の資料について不適切性を疑う発言があった時には「不適切ということであれば、取り下げても構いません」と、一方的に強制するために来たのではない、という姿勢を事業局トップが明確にしました。
事業局の説明時間よりも質疑応答の時間の方が長く、職員からの質問が途絶えると「まだ何か聞いておきたいこと、聞き残しはありませんか」と何度も質問を促し、この機会にとことんまで話し合っておきたい、という意気込みが、強く感じられました。

説明内容の骨子は「県の責任で、病院を再建する」というものです。
具体的には、一般会計からの繰入金の増額と、病院事業局の主導によるさまざまな経営改善プロジェクト。

沖縄県立病院はずっと、餌(資金、特に繰入金)も十分に与えられないまま、走らされている競争馬のようでした。
必死で走っていましたが「もっと早く走れるはずだ!」と痩馬を鞭打つだけ、というのが病院事業局による、これまでの4次に渡る経営改善計画のように思えました。
馬は騎手を信用せず、騎手もどこまで馬のことを考えていたのか。
計画は失敗しました。

今回、鞭打たない代わりに「餌が足りなかったんだな、十分な餌を持ってくるぞ!」と約束する騎手(事業局)があらわれたんです。
これまで長年に渡って築きあげられた不信は、すぐに払拭できる訳ではありません。
ですけれど、事業局の熱意、本気は、感じられました。
少なくとも当院は、これで、すぐにでも走り出すと思います。

もちろん、不安はぬぐえません。
騎手は約束してくれたけど、馬主さん(沖縄県、もっと具体的には知事)が「いや、餌を買う金はない、この馬に餌を増やす必要はない」といって覆してしまえば、元の木阿弥です。

県立病院事業は、県にとって、どの程度、重要な政策なのでしょうか。
県庁は、県知事は、どう思っているのでしょうか。

そして県民は。

毎年のように生じている、約100億円の沖縄県立病院の資金不足。
この額を沖縄県の人口137万人で割ると1人7249円です。

小さな額ではありません。
「県立病院の民営化反対」「県民の医療を維持せよ」と言葉で言うのは簡単です。
ですけれど、これだけの額を、赤ちゃんからお年寄りまで、全県民が出せるのか。
出せないのなら、どうするのか。

沖縄県立病院は、こんなところまで、もう来てしまっているのですが。

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2008年12月10日 (水)

フォーラム発表内容

女性ネットでのフォーラムでの、私の発表内容です。
長くなりますが、発表で使ったスライドと説明内容の概要をこちらに載せます。前の記事 と重なることも多く、また記憶を頼りに書いているので、話した内容の細かい点は違っているかもしれません。

それと、私は管理職でもなんでもなく、1人の職員にすぎませんが、職員の立場で理解しているレベルのことを地域の人たちと共有したいと思って時間をかけてスライドを作成しました。違う立場からみたら、ココは違ってるんじゃないか、という内容もあるかと思います。それでもブログに載せるのは、フォーラムに来ていた人たちだけではなく、他の人たちにもこの問題を知って欲しいから、です。
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ここまでは大体、スライドを読んでいただければわかる通りです。

4番目のスライドは伊関友伸先生の資料から借用しました。

かつての夕張市立総合病院を「財政破綻型」、休止がまだ記憶に新しい銚子市立総合病院を「医師不足型」の例として説明しました。

5 5番目のこのスライドは、正直、出すかどうか迷ったものです。
私は経済学がとても苦手です。100億などという巨額のお金を想像しようとしても頭が拒否しますし。でも、そんな私でも理解できたのは、県立病院が毎年のように100億円近い一時借入金というのに頼って経営していること、財政破綻寸前というよりは既に財政破綻している、という状態だということです。このままでは危ない、というよりも、既に危機が訪れている、ということです。

6 6番目、このスライドはあくまでも私見です。これを鵜呑みにされても困るような気がしますが、少なくとも私はこう思っている、というものです。

まず、県立病院の収入が低いのは診療報酬の取りこぼしがいっぱいあるからじゃないか、と思うんです。現場にいるとそういう場面を多々、目にします。たとえば、民間病院なら2年毎に改訂される診療報酬の情報を改訂される前に可能な限り仕入れておき、改訂された4月から最大限の診療報酬が得られるように工夫しているのですが、県立病院では事務職、特に診療報酬担当者が2-3年で異動するので、異動前後で引継ぎがちゃんとなされなかったり、4月に初めて診療報酬というものを知るような事務職が担当したりして、とれるはずの収 入もろくにとれないままの状態だったりします。

支出については、前のスライドにいったん戻し、平成18年度から借金の額がものすごくふくれあがっており、それは南部医療センター・こども医療センターを新築したことが大きな原因だと思われていることを説明しました。こども医療センターは県民の署名もあって県内にこども病院が必要ということで作りました。が、こども病院というのはどこの県でも大赤字 で、作るならそれ以外の機能も併設しなくては、と南部医療センターと併設にしたのだと私は理解しています。でも一流ホテルのような豪華な病院を作ってしまって、そのために大きな大きな赤字が出ており、今後もその赤字は続きます。
給与も、全体的に県内民間病院よりも高い水準にあるけれど、医師だけは県内民間水準よりも低いんです。だから民間病院ではなく県立病院を選んで来てくれた常勤産婦人科医は本当に稀有な存在であること、その低い医師給与を更に下げようという計画が県側にあり、そのまま実施されたら医師不足型の崩壊につながりかねないことを言いました。
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悪いことばっかり言うのもナンなので、少しは良いことも、と私からみた病院の長所もスライドにしてあります。ちょっと我田引水ですが。

8 今、検討されている独立行政法人化(独法化)ですが、私もこの仕組みというのはよくわかっておらず、自分でわかっていることだけを話したつもりです。
「自治体からの繰入金(資金援助)が可能」というのは、設立する自治体が資本の半分以上を持つことが決められている、つまり県が設立するのであれば、県単独ではなく他の自治体、つまり北部十二市町村も資本金を(半分以下なら)出すことができる仕組みなのだそうです。そもそも、県と市町村が共同して設立母体になることもできるんですけど、そこまではフォーラムでは言いませんでした。

9 独法化したからといって絶対に良くなるという保証がある訳ではなく、現在の公営企業法全面適用が「ニセ全適」と云われる(権限の移譲がない、などの)状態であるように、独法化についても不安があります。率直に話したつもりです。

10 ここで伊関先生作のスライドです。私はこの図がとても好きです。
自治体病院の存続にはみんなが関わっている、関与する必要がある、というのがよくわかる図です。どこか一つに丸投げしていては問題解決できず、みんなが、それぞれの立場で、できることをしないと、自治体病院は維持できないのだと思います。

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住民にできること、という意味で、兵庫県の「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動を紹介しました。当日、プログラムと一緒に絵本も配布したのですが、予定以上の参加者だったため、もらえなかった人もいたようです。

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話は後半の山へ・・・。
もとネタはとある医療に詳しいジャーナリストさんから頂戴したのですが、この地域でいるとしたらこの二つのタイプかな、と思って紹介しました。
ココでは穏当な表現ではありませんが、続くスライドで解説しています。

13一つ目のタイプの住民を説明するのに、私は「地産地消」から入りました。
地産地消を実行している人は多いと思います。フォーラムに締めていった芭蕉布の帯を紹介し、芭蕉布は東京などでは地元の何倍もの価格で取引されていて、もともとは沖縄の庶民の日用品だったのに、地元の人が使わないで高価で手が届かないものになって廃れていってしまうのは残念なので、機会をみつけては着ています。ささやかな地産地消、のつもりで。

だけど、病院も同じことなんです。

たとえば、と実例をあげました。
虫垂炎、と診断したら、中南部の病院で手術します、と紹介状を求めて帰っていく患者さんがいます。こんなところに腕の良い医者がいるはずない、と考えるのは地元についての謙遜のつもりかもしれませんが、私たち医師ができると思っていることすら任せてもらえないのでは、医師としての技術、医師としての腕を信用されていない、バカにされてる、と思います。地元の病院をバカにして、診断だけされたら他地域に手術をしにいく、というのでは地元で手術ができなくなります。「沖縄一の名医」に治療してもらいたいという気持ちはわかりますが、みんながそうして、ただ一人の沖縄一の名医のところに行くようになったら、地元で治療はできません。
確かに地元でできない治療というのもありますから、それは地元じゃなくてどうぞ他の地域に行って治療してください。でもできるだけ「地産地消」だけではなく「地病地療」も心がけていただきたいのです。

14 かといって、軽症で24時間病院に来るのはやめていただきたい、と次のスライドを出しました。
病院はコンビニではない、ということはみなさんおわかりでしょう。
昼は忙しいから夜にでも病院にいくか、というのが「コンビニ受診」といわれる行動だというのは、誰もがわかると思います。
でも実際に問題になるのは、朝からずっとお腹が痛かったけれど夜になっても続いている、どうしよう、夜中になった今、病院に行こうかどうか、という時ですよね。
この答えは後で言いました。

たとえば脳外科。脳外科の先生は2人です。
夜に緊急手術が入ったら、2人とも出てきて手術をして、もし翌日に予定手術や外来が予定されていたら、そのまま続けて働くんです。
夜中に呼び出されて患者さんの診察をしたら、その次の日もそのまま働きます。病院で夜中働いたからといって、朝になったら家に帰って眠れる医師は残念ながらいません。
だから夜中、時間外に受診するのは「急病」だけにして欲しいのです。

そこで、さっきの話の答えになります。
「朝からずっと痛くて夜も続いている」というのは、夜中に病院に来なくてはならないほどの急病なのでしょうか。
それは、痛みが、どのくらいのものなのか、によります。
朝まで我慢できそうにないような激しい痛みで、すぐにどうにかしないと耐えられないような痛みなら、夜でも遠慮なく病院に来てください。
朝から痛みが続いているけれど、我慢できないような痛みではなく、ただ続くから心配、というのなら朝まで家で様子をみることもできるのではないでしょう か。眠ることもできないような激しい痛みなら、病院に来てもいいですが、もともと不眠傾向があって、お腹がちょっと痛むのが気になる、というのなら翌日で もいいのでは、と思いますよね。
判断が難しいことも、もちろんありますが・・・。

15 名護の21世紀ビーチを背景にしたこのスライドは、私の率直な気持ちを述べたものです。よろしかったら、拡大してお読みください。


最後にもう一度、私のお気に入りのスライドを出して、発表を終えました。
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2008年11月23日 (日)

病院がなくなるかもしれない

趣味でやってるブログを恐ろしい話題で更新する気になれなくって、ずっと避けて来た内容なのですが・・・喉にずっと何かがひっかかったままのような気になり、どうにも、この話題に触れない訳にはいかないなー、と書くことにしました。

沖縄県立病院群はこれから一体どうなるんだろう、という岐路が来てしまいました。
一勤務医である私にわかっていることを、ここに書いておきます。

総務省は平成19年12月に「公立病院改革ガイドライン」というのを出しました。
大雑把にいうと、このガイドラインでは平成20年度中に改革プランを策定し、平成25年までにはプランを実現するよう求めています。
そして今年8月沖縄では「県立病院のあり方検討部会」というのができました。
11月18日に開催された第4回会合についての新聞報道をリンクしておきます。

沖縄タイムス 2008年11月19日
「県立病院すべて民営化/精和は指定管理も/あり方部会方針」
琉球新報 2008年11月19日
「県立病院の『独法化』提起で紛糾」

沖縄県立病院群は、二つの理由で存亡の危機に瀕してしまっています。
一つは財政問題、もう一つは医師不足問題、です。

まず、沖縄県立病院群の激悪な財政事情(資料4-7)について書いてみます。
といっても私は経営とか財政とかについてはまったくのシロートです。
で、そんな私でも病院財政を理解できるよう、もっとはるかに規模の小さい、家計になぞらえてみました。
以下、家計になぞらつつ資料4-7が何を言ってるか、ってのを解説してみます。
(もちろんシロートの理解なので、間違ってるところもあるかもしれません、ひどい間違いにお気づきの方はご指摘ください。)

沖縄県立病院さんちって稼ぎが悪いのか、金遣いが荒いのか・・・いつも収入と比べて支出が大幅に大きく、借金頼みのお財布事情です。
借金(一時借入金)の額は100億円(!!)を超えてしまっています。
年末になっても100億の借金を返せない沖縄県立病院さん一家は、仕方がないので薬屋さんたちの支払いを翌年に延ばしてもらって、なんとか20億円は返しましたが、あと80億円はどうにもならず、別の借金先に「借り換え」することで、ようやく年を越しました。
年を越したら親戚(県の一般会計)からお金が入ります(繰入金、長期貸付金)。
親戚に借りたお金をそのまま借金先に持ち込み、さて、延ばしてもらった薬屋さんたちへの支払いをどうしよう、と頭を抱えています。


沖縄県立病院さんち、夜逃げ寸前!?とにかく、すっごい状態の家計!

厳密ではないかもしれませんが、まぁこういう感じの財政状況、と私は理解してます。

調べてみたところ、財政破綻した夕張市立病院の一時借入金は39億円でした。
年度途中で融資拒絶のため「倒産」した公立深谷病院の一時借入金は17億円。
沖縄県立病院群の借金は6病院で100億円。
はっきりいって、既に財政破綻している、という状態です。
(って、そこから給料をもらって暮らしている人間が書くのも変ですが。)

そこへ二つ目の、医師不足問題が急浮上してきます。
あり方委員会での議論とは無関係に、病院事業局は医師給与を下げる方針を明らかにしてきました。こちらも新聞で報道されています。

琉球新報 2008年10月28日
「県病院事業局、医師手当など全廃」
沖縄タイムス 2008年10月28日
「県立の医師手当 廃止検討/県が提示/年最大5億円初任給手当へ」

沖縄タイムス 2008年11月11日
「年2億5000万円減額提示 県立病院給与/組合側に病院事業局 医師手当は審議継続」
琉球新報 2008年11月11日
「県、全廃を再提案 医師調整額」

「医者の給料が高いから赤字なんだろう、医者の給料を下げれば黒字になるんじゃないか?」と考えますか?
いや、それは間違っている、と即答できます。

まず、県立病院群の医師の給料が高いかどうか、について。
病院事業局が作成した、県内民間病院との給与比較が公開されています。
県立病院に勤務する医師の給料は、県内の民間病院よりも低いのです。

低い給料を更に下げたら、どうなると思いますか?
上にリンクした琉球新報2008年10月28日の記事、最後の部分を引用します。

>県公務員医師会が昨年5月に会員226人を対象に実施した「医師偏在化
>問題と医師手当に関する意識調査」では医師手当が廃止された場合、
>47・5%が「退職したい」と回答、
>「最後まで勤務する」とした9・5%を大きく上回っている。

なお、私もこの時「退職したい」と回答しています。
医師手当、大きいですもん。

で、医師が退職すると、どうなるのでしょうか。
医師不足、という状態になるわけです。

医師不足だと、どうなるのでしょうか?
平成20年9月末に休止となった銚子市立病院がいい例です。
2年前の4月には35人いた常勤医が次々と退職し、今年7月末にはとうとう外科と内科がそれぞれ1人ずつになってしまったため、診療を継続できなくなり、9月末に休止しました。

医師がいないと診療ができない、のはわかりますね。
でも医師がいなくなると患者さんの診療ができないだけではなく、病院の赤字も増えるのです。

病院収入の最大のものは「診療報酬」です。
医師が患者さんを診療することによって得られるのが「診療報酬」です。
診療報酬が病院の収入となり、その収入で職員の給料を支払うだけではなく、薬などの診療材料を買ったり、医療機器を新しくしたり、古くなった建物を建て替えたりする、というのが経営がうまくいっている病院です。
医師がいなくなると、その診療報酬が減ります。

沖縄県立病院の医師は、大体一人当たり年間7千万円程度の診療報酬を病院にもたらし、その中から1千数百万円程度の給与を自分のものとして得ている、という話です。
それでもし、10人の医師が辞めたら。
収入としては年間7億円の診療報酬が減ります。
出費としては、1億数千万円の医師給与が減ります。
10人の医師が退職したら、単純計算で5億数千万の赤字、ということですね。

病院事業局としては、医師の給与を減らして2億円程度を浮かせるつもりらしいですが、その程度の額は(って2億なんてお金は見たこともないのに「その程度」って書くのは気がひけますが)仮に10人の医師が辞めたら…浮くどころか、大赤字です。

医師の給与を減らすことで、本当に病院の財政は改善できるのでしょうか?
簡単な私の試算でも、病院の財政が改善できない、ということがわかるのですが。
1年前の調査で、医師手当がなくなったら100人以上の医師が「退職したい」と回答しているのに。

ブログを読めばわかるとおり、私は沖縄県立病院勤務の医師です。
渦中にある者がこんなことを書いていいのだろうか、とずっと、ためらっていました。
でも、県民の中で、どれだけの人たちがこの問題を理解しているのだろう?と不安になり、こんなエントリを公表することにしました。

病院がなくなるかもしれない、という問題の当事者は、私たち医師などの病院職員だけではないのですから。
県立病院という生きた組織は、県民の共有財産だと思います。
病院だけの問題ではなく、地域の問題、県民の問題です。

地域の人たちにとって、県立病院は空気のような存在になっていると思います。
あって当たり前、なくなった状態なんて想像もできない、と。
病院がなくなる、診療をやめるなんて、考えられないかもしれません。
でも実際、私の勤務先は産婦人科医師不足で、産婦人科の診療を3年以上休止していました。
関係者の努力により産婦人科は再開しましたが、今度は病院そのものが危ない状態です。

本当に、今、なすがままにまかせておいて、いいのでしょうか。

PS:「民営化されても病院は同じ」ではありません。民営化されたら「算術」である「医」を、今とは比較にならないレベルで要求されますので、できることも異なってきます。
医を仁術ではなく算術にしてしまったのは、国の医療費抑制政策ですが。

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2007年6月30日 (土)

県立病院職員の定数について

R・Y・Uさまから質問を頂戴したので、私が知っていることをこちらに書いてお答えとさせていただきますね。

以下、R・Y・Uさまのコメントから質問部分を引用させていただきます。

>沖縄県の県立病院勤務医数は定数に達しているのでしょうか?沖縄は医師不足なので
>定員割れしていると思っていましたが、病院事業局長の答弁を聞く限り「医師は
>めいっぱい雇っている、これ以上は雇えない」という風に聞こえるのですが。
>そうであるならば、産科医の長期雇用などできないのではないでしょうか?
>また、過重労働を認めているのに定数を増やせないのは予算がないからでしょうか?

県立病院の正職員数は、定数で定められています。
これについては新聞報道がいくつもありますので、ご参照ください。

「財政・人材難改善を」/県立病院長・切実訴え 2006年10月18日
「看護師足りず33床休止 県立中部病院」 2007年5月17日

伊関先生の解説もリンクしておきます。
「看護師不足で県立病院機能まひ 沖縄県立南部医療センター、中部病院」 2006年7月24日

さて私の勤務先の医師の定数は、何人くらいだと思いますか。
現在、常勤医がいるのは内科・小児科・外科・整形外科・脳外科・耳鼻科・眼科・泌尿器科・麻酔科・泌尿器科・病理科。(かつては産婦人科と放射線科の常勤医もいました。)
病床数293、病床稼働率90%以上。24時間365日の救急センター、ICU,HCUあり。
附属診療所(離島など)の医師も定数に入り、現在は離島2ヶ所に一人ずつ医師がいます。

という医療を提供する、正職員医師の定数は、38人だったかな。
すみません。厳密な数字ではありませんが、大体そのあたりの数字だったと記憶しています。
この定数、復帰(1972年)当時からほとんど数が変わってないという噂も。

たとえば、私自身が当院初めての病理医として採用された時は内科医の定数枠を使ったと聞いています。要するに内科医一人を削って病理医一人を採用した、ということです。
その後に病理医の定数が正式にできたのか、今に至るまで知りません(苦笑)

定数については、これで少しはご理解いただけたでしょうか。定数を増やせない理由については、私はコメントできる立場にありません。

私の勤務先の産婦人科の定数は空いたままになっていて、いつでも定数(3人)雇える状況だと聞いています。
しかし、今回残念ながらキャンセルになってしまった産婦人科医はその定数を埋める形での常勤医ではなく、こちら経由の「派遣医」で長期雇用されるはずでした。派遣医は定数の枠外であるのみならず、待遇についても正職員とは違って県の条例にしばられないため、正職員の医師とは異なる勤務条件が可能だとも聞いています。
現在の県立病院で産婦人科医を雇うとしたら、まずは定数の枠外で、じゃないかと私は理解しています。

ただ、私がどこまで正確に理解しているか、というのは・・・自分の勤務先の定数すら正確に知らないような一職員の非公式発言、ということで割り引いておいて下さいね。

追記。定数条例を沖縄県のホームページで探して、ようやく見つけました。ここです。

>(9) 病院事業局の職員 2,294人

この1行をみつけるのに、1時間くらいかかってしまった…。

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2007年5月13日 (日)

医師の労働組合について

新聞に医師手当の削減についての記事が載りました。

「やっぱりこういう日が来たか!あの時に医師の労働組合を作ったのは正解だった!」というのが私の感想です。
(あ、決して私が作った訳ではありません。苦労して作られたのは他の先生方で、私は設立当初から参加させていただいているだけです。)
沖縄県立病院群には、全国でも珍しい「医師による、医師のための労働組合」があるのです。

「医師が労働組合を作って自分たちの利益をはかるなんて、そんなに金が大事か!」

「自分たちの権利ばかり守りたがるような医師にはみてもらいたくない、医師の風上にもおけない!」

・・・と思いますか?

いえいえ、それは完全に、誤解ですよ。
自分の権利や、お金のことばかり考える医師は決して組合など作りません。
これは、断言できます。

自分たちの権利ばかり守りたがるのであれば、医師は労働組合を作ったりせず、他のもっと条件の良い職場に転職します。

医師が労働組合を作ったのは、自分たちのためだけではないのです。

自分たちの労働環境を守ることが、患者さんたちへの医療を守ることに直結しているから、です。

医師も一人の人間であり、一人の労働者です。
そして、医師たるもの、患者さんのことを忘れることはできません。
自分の利益が、患者さんたちへの利益ともなる、と確信したからこそ、医師たちは団結したのです。

       ☆         ☆         ☆

沖縄県は平成11年に一方的に全医師の手当を一律に削減・廃止したことがあり(「医師暫定手当廃止事件」と個人的には呼んでいます)この時に労組がないとまったく県との交渉ができないことを私たち医師の側は知りました。
この「医師暫定手当廃止事件」がきっかけとなり、労組をたちあげました。
既存の(県職員一般のための)労組に医師が参加したのではなく、自分たちのために、組合を作ったのです。政治色はありません。

ここは病理医ブログですので、病理医にとって手当の削減、というのはどういうことか、を説明します。
私は病理医として病理診断業務に専念している(患者さんに面と向かって行う医療行為はしていない)のですが、沖縄県には病理医に対して特別な手当を与えるという項目があります。(職員給与規程のページをリンクしておきます、第15条の3です。)
引用しておきます。
「医師が病理学的検査の業務にもっぱら従事したときは、勤務1月につき、100,000円を前項の額に加算して支給する。」

これって、すごくありがたい手当です。だって、結構な額じゃありません?
「けっ、こんな額で何をありがたがってる」と思われた方はウェーキンチュ(大金持ちさん)、私とは話が合わないので、このブログを読むのは時間の無駄です、さようなら。

さて、金銭感覚に私との共通点がある方を読者として想定しなおして続けます。
こういう規定があることは就職してから知ったのですが、沖縄県立病院では病理医を大事にしようとしている、病理医が医療に果たす役割、価値、稀少性(?)を公式に認め、待遇面でも評価してくれている、と感じて嬉しかったです。

この手当は「医師手当」の一部とされています。
県は、通達一つでこの手当をゼロにすることができ、労働組合がなければそのことに対して何の交渉もできない、と知った時に私は労働組合の設立に参加することにしました。
ささやかですが、一人の病理医として、また一人の沖縄を愛する者として。
病理医をきちんと評価している沖縄県の姿勢はすばらしいと思いますし、その姿勢を維持し続けることが、沖縄県民に良い医療を提供することになる、と考えるからです。

       ☆         ☆         ☆

医師の立場では、給料を減らされたら辞めてもっと待遇の良い所に行く、というのが自分の生活のため、という気はします。
組合活動なんて余計なことはしないで、もっと待遇が良く、自分を必要としてくれる場所に移る。
多くの医師がそうしているでしょうし、私個人としてはそれでも全然、構わないと思います。

でも・・・なんというのか。
つまるところ、私もこの地域が好きだし、この病院が好きなんですよね。
個人的には、組合に参加した動機としてはそれが大きいと思います。

公的病院の医師が集まって組合を作るのって、自分たち医師のためだけじゃない、と思います。
病院組織を維持するために、医師側からできることの一つなんです。

「こんな病院ない方がいい」と患者さんたち、地域の人たちが思うような公的病院は税金を投入してまで維持する必要はないんでしょうけど、あった方がいい、維持してほしいという病院なんだったら、医師が働きやすい病院でないと、患者さんに優しい医師、高い志を持った医師が集まらないし、いても次々と辞めてしまう。

もう一度、強調しておきます。

病院が維持されることで利益を受けるのは、医師だけじゃなくて、患者さんたちも、なんです。

私たち沖縄県立病院群につとめている医師たちが、忙しい業務の合間に組合を作り、組合を維持し続けるという労力を払ってまで自分たちの労働環境を良くしようとしているのは、それが決して自分たちだけのためではなく、自分たちが沖縄県民に提供する医療のため、すなわち沖縄県民のため、でもあることを知っているから、です。

       ☆         ☆         ☆

さて、話を沖縄県立病院群の医師労働組合に戻します。

組合活動などについてまったく無知な医師が新たに労組を作るのは大変でしたし、作る時に初めて知ったこともたくさんありました。

たとえば、公務員は「労働組合」という名称の「職員団体」を作ることしかできないことを初めて知りました。
労働組合法による組合ではなく、地方公務員法にのっとった「職員団体」が事実上の労働組合なんだそうです。
(今は公営企業法による病院事業局となったので、名実共に労組になりました。)

最大の武器は「団体交渉」です。それまでは給料を下げる、と言われたら「ハイ、了解しました」と従い、仲間内で愚痴を言い合ってガス抜きするのがせいぜいだったのが、交渉の席を設け、集団でこちら側の言い分を主張し、ある程度こちらの意見を反映させた結果に調整することができるようになったのです。
団体交渉の席にどれくらいの人数の医師が集まるか、は交渉の成否を握る一つの鍵となります。私も何度か団体交渉に参加したことがありますが(私は一参加者として黙って参加しただけ)、県の担当者を相手に病院現場の実態、実状を訴える先輩医師の姿には、自分たちが実践している医療への誇り、仕事への情熱が感じられました。
率直な感想は「かっこいいなー」です。
こういう人たちが沖縄県の医療の大事な一端を支えている。私は病理医としてそういう臨床医たちと共にあり、仲間の一人として頑張らなくっちゃ、と思いました。

当初は「県に所属する医師たちが労働組合を作ろう」ということで単一の労働組合を作ろうとしたのですが、一つの団体となることができない(「みなし管理職」の医師と、その他の医師では同じ団体に入れない、院長などの管理職は入れない)ことも作って初めてわかったそうです。
結局「県公務員医師管理職員労働組合」と「県公務員医師職員労働組合」の二つの組合となりましたが、組織は二つでも目的は一つ、活動も常に一緒です。
また、私の尊敬する年長の病理医も管理職扱いで入れませんでしたが「心は君たちと同じだ、応援している、頑張ってくれ」と激励されたことがあります。

このように、沖縄県立病院群で労組ができたのは、背景となる特殊事情もありました。

直接のきっかけは最初の方に書いた「医師暫定手当廃止事件」ですが、県の公務員医師会という組織がもともとあって活動していたこと(公務員医師会で手当について交渉しようとしたが、労組ではないので交渉できなかった)、沖縄県立病院群はその歴史的な理由から他県と異なり大学医局人事とは関係なく病院にいる医師が多かったこと(私自身も医局人事とは無縁です)は大事な要素だったと思います。
県立中部病院で研修後に就職している医師が多く、自分たちが実践している医療に自信と誇りを持っており、沖縄県立病院群を維持することが沖縄県民の利益となるという現場の医師たちの固い信念が、全国でも珍しい公的病院における医師の労働組合活動として結実し今も続いているのだと思います。

設立当初ほどの盛り上がりは今はありませんが、組合としては堅実に活動を続けており、少なくともその後「通達一つで大減俸」という事態はありません。
でも冒頭の新聞報道の通り、今年は団体交渉の大きな材料ができました。久々に盛り上がりそうな予感。
新聞記事に書かれたくらいですから、医師の労働組合が存在しているという事実だけでも県に対するプレッシャーとして機能しているのでしょうが、今年はきっとこれでいろいろあるだろう、と私は思います。
今月末には総会があり、出席するつもりでいます。


関連リンク

「人を不幸にしない医療」
(医師の労働条件、組合設立について章を割いてくれている本です)

沖縄県医師会報 平成12年3月に載った当銘正彦先生のコラム
(これを読むと組合結成当時の熱い気持ちが甦ります・・・)

5月14日、関連リンク追加。

ooyake「はしか"0"キャンペーン週間
(知事部局の医師によるブログ。私の勤務する病院のロビーでも保健所によるキャンペーン活動が行われています。こういう活動に医師は不要とでも?予防医学に従事する医師の手当をなぜ削減しなくてはならないのでしょう?)

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2007年2月 7日 (水)

病院として福祉まつりに参加する

勤務先の病院が、市の福祉まつりに参加することになりました。
(福祉まつりの主催者はこちら。)
今週末(土日)です。こういうのに参加するのは、初めてみたいです。

・・・というか、もともと参加しようって言い出したのは私なんですけどね。
仕事が忙しいからって病院の中に閉じこもってないで、病院の外に出て活動しよう、って。
でも自分たちだけで何もかも企画するのは大変だから、地域の公的なイベントに参加するのがいいんじゃないか、と福祉まつりに参加名乗りをあげてみたわけです。
院長、医局はじめ各位の賛同が得られまして、参加が実現しました。

ポスターやパネルの展示と、COMLのパンフレットも配布します。
体験型コーナーと称して、外科の先生たちが模擬手術体験(切開・縫合・糸結び体験?)やトレーニングボックスを使った内視鏡手術体験をさせてくれるような手はずも整いつつあります。
救急部門と看護部のご協力で、人形とAEDを使った心肺蘇生(BLS)体験も。
内科、小児科の先生方は10分程度のミニ講演会を数回してくれるそうです。
私も2日目午後に「医師として母としてやんばるに暮らす(仮題)」というミニ講演をする予定。
病理医の仕事紹介と、自己紹介+α(休診前の産婦人科で3人の子を産んだ話や、小児科に自分の子が入院した話)だけでたぶん10分が終わると思います。

・・・ホントにうまくいくのだろうか?という一抹の不安はまだありますが。
まぁ、なるようになるでしょう(笑)。

私の勤務先は公立病院です。
職員(特に医師や看護師、医療技術職)は一生懸命で、良い仕事をしてるんですけど、どの程度、地元の人たちにそれが伝わっているのか、かなり心配。
地域の住民のための病院なんですが、地元の人たちが自分たちの病院と思ってくれているかどうか、は、かなり怪しい。あって当たり前、文句満載、って感じです。
「税金で建っているのにあんまり良くない病院」と思われるのは、悲しいです。
公的病院の整理縮小という声も中央からは聞こえていて、地元の人たちがこんな病院必要ないというのなら、すぐにでもなくなってしまう病院でしょう。
そしてなくなってから「あった方が良かった」と言われても、もう復活はできないでしょう。
2年前に休診になってしまった産婦人科が、署名が集まっても総決起大会?に多くの人が集まっても、復活する見通しがいまだにたたないのと同じように。

どこかに整理統合されて病院がなくなってしまう前に、どんな医師たちが働いていて、病院でどういうことをしているのか、を地域の人たちには見てもらいたいと思います。
病気の時に病院にかかってもらうだけでなく、病院外で、元気な時に病院職員の姿を見てもらうのも何かしらの意味があるかなぁ、と。
今度の土日、うまくいきますように。

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