2008年12月10日 (水)

女性ネットによるフォーラム

Photo12月5日(金)に女性ネットの主催で「やんばる母と子の命を守るために~県立北部病院の役割」と題したフォーラムがありました。

地元紙の報道をリンクしておきます。
 沖縄タイムス
 琉球新報

マスコミが県立病院のあり方検討などの問題を取り上げて続けてくれているためか、100人規模の会場に予想以上の人が集まりました。

会場入り口では津嘉山酒造所による「やんばる母と子」限定ボトル(画像)と、家庭料理の本「沖縄発パパッとご飯しっかりご飯」のチャリティーセールがありました。津嘉山酒造所さん、宮城都志子さん、ありがとうございました。

私もパネリストということで発表させていただきました。
それはまた、次の記事で。

2009年5月15日追記。

津嘉山酒造所では、工場販売限定でこの「やんばる母と子ボトル」の販売を継続してくださるそうです。工場に行かなくちゃ買えないそうですが、入手ご希望の方は、津嘉山酒造所を訪れた際に注文してみてはいかがでしょう。国の重要文化財にも指定されるようですし、一見の価値はある工場です。

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2008年6月28日 (土)

地域による歓迎会・激励会

Blog地元紙の地域欄に載ったので、こちらでも紹介します。

二人の産婦人科医を、地域の女性団体が中心になって歓迎・激励してくださいました。私は「やんばる母と子の命を守る勉強会」の一員として出席したのですが、心あたたまる、楽しい雰囲気の会でした。

写真には20人ちょっとしか写ってませんが(あ、前列向かって左から2番目が私です)、これは会終了後の撮影だったので、ピーク時にはこの3倍くらいの人数がいたと思います。
エイサーもあり地元の食材のご馳走もあり、カチャーシーで終わるという、盛り上がった会でした。

女性団体ネットワーク協議会の会長さんの挨拶に始まり、産婦人科医お二人の自己紹介。それからなんとマイクが会場に回り、参加者一人一人が自己紹介を兼ねつつ、地域の産科医療への熱い思いを語る時間となりました。
各地から集まった女性たちがそれぞれの立場で語り、思いを再確認し、みなで共有できて、本当にすばらしい時間でした。

私からは会の活動と、同僚としてみてきた(休診以前の)産婦人科医の状況について話をさせてもらいました。多すぎる当直、24時間365日の救急対応、妊娠して退職せざるをえなかった女性産婦人科医。再開してまた同じ状況にしてはならない、ということも。
おめでたい会なのにすみません、と言いつつ雑誌「女性自身」のコピーも配りました。
日本の産婦人科医がどういう状況に置かれているのか、地域の人たちにも知って欲しかったから、です。

地方紙(新聞)にも書かれていたように、7月から当院で限定つきながら産科が再開されます。婦人科は既に再開されていて、婦人科疾患の手術も実施されています。
でも産婦人科救急の再開はまだ無理です。会の席上でも言わせていただきました。

「産科再開、婦人科再開、でも産婦人科救急再開ではありません。
『産科再開だから、産気づいたら病院に飛び込んで安全な分娩がいつでもOK』という訳ではないのです。
たったお二人の産婦人科医師に、24時間365日の救急診療をさせないでください。」

千里の道も一歩から、です。

良い医療、良い病院は、地域の大切な「文化」だと思っています。
「文化」というと芸術系を連想し、医療をその中に入れることに違和感を感じる人も多いと思いますが・・・医療は人間がなす技(わざ)の一つで、病院はそのための団体です。
文化、といってもいいんじゃないかと思います。

一人の最高の医師によって作られる最高の医療、というのは幻想でしかありません。
その医師がなんらかの理由で医療をできなくなれば「最高の医療」は終わりを迎えます。

そうではなくて。
医師だけではなく、医療従事者、患者、地域住民、病気の人もそうでない人たちも、さまざまな人が人間として関わる地域の文化としての「医療」「病院」であれば、長続きできると思うんです。
みんなで一緒にハッピーになれる、良い医療文化のある地域。
この地域なら、そういう文化が育つかもしれないな、と思わせてくれた会でした。
地域の人たちと一緒に、良い医療、良い病院という形の文化を育てていけたら嬉しいです。

写真入りの新聞記事にしてくださった、沖縄タイムス社にも感謝いたします。

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2007年9月 2日 (日)

「やんばる母と子の命を守る勉強会」と最近のニュース

もう2年近く「やんばる母と子の命を守る勉強会」に関わっているのですが、自分のブログでちゃんととりあげたことがなかったことに気づいたので、あらためてエントリにしてみます。

「やんばる母と子の命を守る勉強会」は、私の勤務先でもある沖縄県立北部病院の産婦人科が休診(平成17年4月より)したことが契機となって始まった会です。

平成17年4月、沖縄県立北部病院の産科外来が休診となりました。
その結果、沖縄本島北部地区(人口約10万人、面積は本島の約40%)は産婦人科二次救急に対応できなくなりました。

このことの影響を心配し、危機感を持った人たちが地域にいました。
「地域の妊産婦、胎児や新生児の命が危険にさらされるのではないか」と。
中でも医療に関わる小児科医、産婦人科開業医、市町村担当の保健師、助産師といった人たちが中心になり、現場からの情報を共有する会を立ち上げたのです。

それが「やんばる母と子の命を守る勉強会」。
月に1回の勉強会を開き、毎月開催され続けて現在に至っています。
会が始まった当初、活動として何を目標にするのか、が話し合われ、
「三つの柱」を定めています。

第1の柱:北部地域における周産期医療の質を低下させないこと
      =二次救急機関における産科医師の確保(産科医不足が背景にある)
第2の柱:ハイリスク妊婦が安心して分娩をする体制
      =搬送手段の確保(救急車は十分?中南部に往復すると2時間以上!)
第3の柱:ハイリスク妊娠そのものを減らすこと
      =母子保健活動の充実(未受診、飛び込み分娩などを減らしたい)

1は、産婦人科医不足と関係しています。
二次救急機関(病院)と、一般の産科開業医がどう違うかについては以前書きました
2は、搬送手段としての救急車と、医療機関の連携の問題。
3は、母子保健活動、特に未受診者や妊婦さん自身の自覚の問題とも
   関係してきます。

この会に参加して、私は3の問題がいかに大きいかを知ることになりました。
たとえば時々新聞などで報道される「救急車内分娩」の多くは、妊婦検診未受診者。
妊娠してから1回も産婦人科に受診したことのない「飛び込み分娩」も。
たまたま安産であればいいのですが、そうとも限らない所がお産の恐ろしい所。

たとえば、母子手帳を発行されていない妊婦がいる、ということ。
母子手帳は産婦人科で妊娠が確認されてから、役所で発行されます。
だから妊婦についての情報を地域の自治体はある程度、持っています。
母子手帳を持っている人が、1回は妊婦検診に来たけれど、その後は来なくなって
しまった…という場合、地域の産婦人科を受診した妊婦さんであれば、情報を役所
にまわし、役所から保健師さんが家庭を訪問し検診の受診を促す、ということも
この会の活動の中から、されるようになりました。
ただ、一回も産婦人科を受診していない人の場合、どうしようもありません。

飛び込み分娩となりやすいのは、経済的困窮家庭、それも経産婦だったりします。
ある例では、一度も受診しなかった理由を「職場に妊娠が知れると職を失うので仕事を休んで産婦人科に行くなんて絶対できなかった」と説明したそうです。
時間給、パートタイムで働いている場合は、仕事を休んで受診するとそれだけ収入が減ります。しかも妊婦検診は自費です。経済的理由で検診を受けない、という選択をする人がいても不思議ではありません。
…母子の命に関わる危険を冒している、のですけれど。

そういう人でもこの時代、携帯電話は必ず持っています。
「母と子の命を守る」ためには、地道な啓蒙活動が必要だと痛感し、沖縄県北部十二市町村の母子手帳発行担当者の協力を得て、この会で地域の妊婦さんを対象とした携帯メールマガジンを月に1回発行し、情報を提供しています。
そのホームページが「やんばる妊婦の広場」です。過去のメルマガはここで読めます。
一度も受診したことのない妊婦さんには情報を届ける手段はないのですが、妊娠し母子手帳を持った方が少しでも妊婦としての自覚を高めてくれることを願って、毎月メールマガジンを編集・発行しています。

さて、話は変わります。

奈良で妊婦を搬送中の救急車が事故にあい、ニュースになっています。
事故にあわなければそう、話題になることもなかったのでしょうが、救急車内分娩で死産であったことから「救急車で妊婦搬送」「奈良県」というキーワードもありマスコミに注目され、話題となっているようです。

この事件、問題点はいろいろあるのですが、私としては上記三つの柱とからめるのが、理解しやすいように思います。

1.奈良県は産科医が不足している(これは全国的現象、要対策)
2.救急搬送体制が未確立(搬送先が決まりにくかった?)
3.この妊婦さんはハイリスク妊娠であった(結果的には飛び込みの死産)

1,2,3それぞれに問題があったのです。どれも対策を検討すべきです。
医師、行政、個人のどれか一つを悪者にして解決する問題ではありません。

しかし1は容易に解決できる問題ではありません。10年かかるかも。
2は、関係諸機関が連携方法を本気で検討すれば可能だとは思いますが、それなりに調整が必要です。
重要なのは3。妊婦になる可能性がある人、妊婦を身近な存在としうる人、つまりは全国民に妊婦検診の重要性を認識してもらうことが必要なのです。要するに啓蒙活動。
この妊婦さんが、妊娠後一度でも産婦人科を受診していれば話は大きく違ったのですから。

啓蒙活動は今すぐにできるのではないでしょうか。
「妊娠したら、一度は産婦人科を受診し、母子手帳をもらいましょう」
「定期的に妊婦検診を受ける『かかりつけ医』を決めましょう」
「外出時には、不測の事態に備えて母子手帳を持ち歩きましょう」

マスコミにはこういう啓蒙活動を期待したいのですが。

それから番外、というか…やんばる母と子の柱にはない項目で。

4.救急車の交通事故

これについては、あまり問題になっていないような印象。
交通事故が一定の確率で起こるのは当たり前のことなんでしょうか。
ワゴン車と衝突したという、事故の原因も報道では不明です。
たとえば「救急車には、道を譲りましょう」という啓蒙活動は必要ないでしょうか。

9月8日、追記。
地方紙ではこんな記事も載っていました。
北海道新聞です。医師サイドの声をとりあげています。
熊本の病院が「こうのとりのゆりかご」を作らざるをえなかったのも同じような理由で。
「親が子を慈しむのは当然」「お腹に命が宿れば、大事にする」という理想やタテマエどおりではない、こういった現実が今の日本社会で、多々あるからだと思います。
この記事の最後、ある開業医さんのコメントに私も全面的に賛成ですので、引用しておきます。

「産科に行かない妊婦にはそれぞれ事情がある。
救急態勢以外に、母親側の背景を検討して対策を講じないと、問題は繰り返される」

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2007年6月30日 (土)

新聞報道に一喜一憂

あまり知られていない事実から先に書かせていただきます。

新聞記事にもなりませんでしたが、防衛医大による派遣(詳細は「防衛医大の先生方、ありがとうございました」をお読みください)が終了した後、4,5,6月と1名の産婦人科医が内閣府&県のドクターバンク事業で派遣されて来ていました。
派遣は月に5日間だけですので実質的な診療にはほど遠く(だから新聞記事にもならなかったのでしょう)、ひっそりと来てひっそりと帰られた感じでしたけれど、短期間とはいえこんな遠くの地の病院に来て、確かに病院内にいて下さった先生方に私は感謝しています。

産婦人科医が長期派遣される、と新聞に載ったのがこの月曜日(25日)。
6月までの派遣の延長線上?のもので、7月1日から常勤の産婦人科医が1名(派遣ではありますが)病院に来るものだと私も思っていました。
しかし、産婦人科医の「一身上の都合」でこの話は消えてしまいました。
(これ以上は個人情報ですので、詮索しないで下さいね…。)

新聞報道に一喜一憂、という感じでした。
まぁ、私は一職員にすぎないんで、仕方ないんですけど。

    ☆      ☆      ☆      ☆      ☆

今回の件は、情報管理などの点では甘かったかもしれませんが、県上層部(病院事業局、ドクターバンク事業の担当者)はよくやって下さった、と私は思っています。
(私ごときがこういう評価をしたからってどうってことはないのは承知してます。
 まぁ、少なくとも一人の職員はそう思ってる、ということで。)
人事は「縁」という面が確かにあります。結果的に今回はご縁がなかったのですけれど、一歩手前までこぎつけられたのは、これまでと比較して格段の進歩です。

今回、長期の派遣医が来なかった、という結果にとらわれすぎてはならないでしょう。
それほど、今回のやり方が間違っていたとは私には思えないのです。
公的事業としての制約の中で、精一杯、やって下さったと私は思います。
現時点で結果だけを見ると残念ながら失敗に終わってしまっているのですけれど、県としての動きは2年半前、産婦人科休止以前とは違っています。
県としての動きの中に、現場の医師の視点が、ちゃんと入っているのです。

この方法はうまくいかない、と早急に判断を下すのではなく、今回はダメでも、あきらめないで続けて欲しいです。
国内はどこでも激しい産婦人科医争奪戦(?)なのですから、厳しい戦いになるのはどうしても避けられないでしょう。
それでも、あきらめないで…あきらめないで、頑張っていただきたいんです。

以上、一職員として、そして地域における産婦人科二次診療の再開を心から願い続けている一住民としての感想でした。

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2007年6月27日 (水)

悲劇を繰り返さないために・続き

コメントくださった脳外科見習いさま、Yukitakeさま、hot-coffeeさま、
山口(産婦人科)さま、道標主人さま、Dr.Iさま、三上藤花さま、鴛泊愁さま、
そしてトラックバック下さった諸先生方、ありがとうございました。

山口(産婦人科)さまのコメントに返答する形で、今回は書きます。

>100人中5人位お産で死ぬのなら、お産で死んでも「運が悪かった」で
>済まされるでしょう。
>ところが10万人に5人になると「お産で死ぬはずがない」「医師が
>ミスしたのでは」となって訴訟が増えるのです。

周産期死亡率と一般の認識については、おっしゃる通りの側面があるかも
しれませんが、訴訟にまでいたるのは別の要因があると私は思います。
今回の訴訟についてはご遺族が自分たちだけの意志で訴えたとは思えない
経緯が指摘されています。今回のようなお気の毒な女性の死を、関与した医師
個人の責任として訴えるのは間違っていますし、このような訴訟を「よくある
訴訟」に、決して、してはならないのです。

今の60代、70代の人たちに聞けば、お産で亡くなるお母さんや赤ちゃんが、
どんなにありふれた存在だったかを、教えてもらえますよね。

「昔はお産でお母さんや赤ちゃんが死んでいた。今は違う。」

これが60代以上の日本人の、一般的な認識でしょう。
若い世代になるほど「お産では誰も死なないのが当たり前」になっています。

この「今」は、産婦人科の先生方個々人の多大な努力と献身の上に維持されて
いる、非常にもろい「今」だということを、私たち医師は知っています。
このような訴訟が、献身的、良心的に努力を続けている産婦人科の先生方を
深く傷つけるものであり、先生方の医療への熱意を失わせかねないものだと
危惧しています。熱意あってこそ、多くの母と子の命が救われているのに。

>周産期死亡率を下げるために努力してきた先人たちはわれわれの訴訟される
>率を上げるために努力してきたのだろうか、とむなしくなります。

周産期死亡率を下げようと、いや、目の前の命の火を消してはならない、と、
一人一人の妊産婦を見捨てず献身的な努力を続けてこられた産婦人科の先生方の
おかげで、多くの母と子が助けられてきたのです。私自身も、緊急帝王切開で
子と共に命を救っていただいた身であり、このご恩は一生忘れません。
先生方がむなしさを感じなくて済むような社会でありたいものです。


追記:ちょっと思う所がありまして、前の記事にいただいたコメントの中で、三上藤花
 さまのコメントのみ、ブログ主だけに見える非公開に変えさせていただきました。
 内緒話、ということでご容赦くださいませ。

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2007年6月25日 (月)

悲劇を繰り返さないために

本日、大淀病院の民事訴訟開廷と聞きました。

まず、亡くなられた女性に心からの哀悼の意を表し、遺されたご家族のお気持ちに寄り添いたいと思います。

この事件の詳細はこちら、産婦人科学的な見地からの意見はこちら

奥様を亡くされたご主人、お嬢様を亡くされたご両親、お母さんを亡くされたお子さんのお気持ちは、たまらないものでしょう。
悲しみがなお癒えぬ人たちが、二度とこのようなことがないように、と願う気持ちはわかりますし、その気持ちをどこかに向けたい、というのも無理からぬことかとは思います。

でも、産婦人科医個人を責めるのは間違っています。
妊産褥期の死亡には、どうしても防ぎ得ないものが、一定の数、必ずあるのです。
「お産で死ぬなんて信じられない」という思いは、心情的には理解できなくもありませんが…事実は、残念ながら、その心情に反しているのです。

同じような悲劇を繰り返したくない、というのなら、訴訟にしないで欲しいのです。
今現在、お産に従事している産科医一人一人を支え、守るべき時が来ているのです。
そうしないと、これまで助けられた母と子の命も守りきれない、という所まで、今の日本の産科医療は追い詰められている、と思います。

私は、大淀病院の産婦人科医を支持します。

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2007年3月31日 (土)

産婦人科の機能分担

「産婦人科」とひとくくりにされている中でも、実際の医療現場では機能が分担されています。
おおまかには、以下のような二つになるのです。

【1】産婦人科開業医
【2】総合病院(麻酔科など他科もある病院)の産婦人科

どう違うのか、をこのあと説明しますね。(長いです、すみません。)

【1】産婦人科開業医の場合

【1】には通常、一人の産婦人科医師と数名の助産師がいます。
ここに助産師さんがいるのは、お産が24時間、だからです。
一人で開業している産婦人科の先生は、助産師さんと一緒に「正常のお産(+アルファ)」をみています。
(+アルファ、と書いたのは条件つきで帝王切開する開業医の先生も多いからです。)

お産の95%は正常だともいわれています。ただし、正常のお産、というのはあくまでも「結果」です。
正常のお産だと思って様子をみていたら、母子どちらかの状態が悪くなった、そしたらその時点でそのお産はもう「異常」です。
「異常」という言葉はイヤーな感じなので【ハイリスク】とここでは書くことにします。
赤ちゃん、もしくはお母さんに命の危険がせまっている、という意味での【ハイリスク】です。陣痛が始まってから母子に危険がせまる「急変」もありますが、急変はできるだけ避けたいですし、あらかじめ予測できる【ハイリスク】もあります。

予測できる【ハイリスク】をちょっとあげておきます。
1)肥満:初診時80キロ以上(産道が体脂肪で狭く、赤ちゃんが出られない)
2)帝王切開の既往(傷あとがあるので子宮破裂などのリスクあり)
などなど・・・たくさんあります。

このような【ハイリスク】は妊娠が判明した時点で「開業医では無理」といずれもっと大きな病院【2】に紹介されることになります。
開業医の先生が一人でお産をとりあげるからには、難産が予測される妊婦さん、急変を起こしそうな妊婦さんは、適切な時点でもっと大きい病院に紹介して、母子とも万全の体制でお産にのぞんでもらうのです。

【2】総合病院(麻酔科など他科もある病院)の産婦人科

もっと大きい病院、というのが【2】です。
【1】では危険、対応できない、という妊婦さんのお産をひきうけます。
【ハイリスク】の妊婦さんの対応は、簡単ではありません。現代の臨床医学が総力でこのリスクに立ち向かい、母と子の安全をなんとか確保しています。
母子ともに安全に出産できるよう、24時間体制で産婦人科医と小児科医が病院内におり、必要ならば麻酔科医やもっと多くの医師も呼び出すことができる体制を整えているのが【2】の病院です。

この体制を整えるためには最低でも3人、できれば4人以上の産婦人科医が勤めている必要があります。(実際にはお産の頻度にもよりますが。)
一人の産婦人科医しかいなければ【2】としての機能を十分に果たすことはできないのです。

これだけでは、どんな感じなのか、わかりにくいかもしれませんので、例をあげてみましょう。仮にマミさんとしましょうか。

☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆
マミさんは初めての妊娠で、開業医【1】にずっと通っていました。
妊婦検診での血圧や尿検査なども、特に問題ありませんでした。
陣痛が始まって開業医を受診したら、上の血圧が220を越していました。
救急車でもっと大きな病院【2】に運ばれてそこで帝王切開になりました。
赤ちゃんもマミさんも、元気でなにごともなく家に帰りました。
☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

マミさんは「正常なお産」になるはずだった人が急変した例です。
たとえば自宅で(「産婆さん」の手助けを借りて)お産をするのが当たり前だった50-60年前だったら、赤ちゃんは助かっても、マミさんは産後の肥立ちが悪くて、亡くなっていたかもしれません。

1950年の日本では10万人に176人の妊産婦が亡くなっていました。
当時のお産は自宅分娩が主流。産婦の95%が自宅でのお産でした。
99%が病院でお産をする2000年の妊産婦死亡は10万人に対して6.3です。
数字だけみていても実感しにくいことですが、マミさんの例で、少しはわかっていただけたでしょうか。

さて、マミさんのお産に必要な医師の人数をみてみましょう。
マミさんは意識していないかもしれませんが、マミさんのお産は緊急帝王切開、と呼ばれるものであったはずです。
緊急帝王切開であれば、まず麻酔科医が一人。麻酔としても簡単なものではなく、かなり気をつかう。
帝王切開術を行う産婦人科医が二人。
それから、小児科医が最低一人。
これもあまり知られていないことですが、【2】の病院では帝王切開が行われる手術室には必ず小児科医が待機しています。
赤ちゃんが子宮から出ると同時に全力で赤ちゃんの命を守る仕事を始めます。
仮死状態で生まれた赤ちゃんであれば、NICU(新生児集中治療室)に移し、24時間小児科医がつきっきりで治療します。だから最低一人、というのはあくまでも赤ちゃんが元気で生まれたことが前提です。

さぁ、これまでで何人の医師がいたでしょうか?

答えは4人。
予定通り【1】の開業医でお産したのであれば、産婦人科医一人だけです。
同じお産といっても【1】と【2】ではこんなに必要な医師の数が違います。

【ハイリスク】のお産は、正常のお産とはまったく違うものなのです。

そして、正常のお産が、突然【ハイリスク】になってしまうのも、お産の怖いところです。

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閑話休題。

なぜこのような専門外のことを一生懸命書くのか、というのを説明しておきます。
それは私自身がマミさんと同じ立場だからです。お産は3回とも帝王切開です。
【2】に属する総合病院でお産をしています。
最初の子のときは微弱陣痛40時間、午前3時からの帝王切開でした。
子供は数日、新生児集中治療室にいましたが、その後は元気に育っています。

私は母であると同時に医師です。
医師として、私は以下のことを思わずにいられないのです。

 私が「産婆さん」の時代にお産をしていたら、
 初回のお産で命を落としていたでしょう。
 3人の子供たちも生まれることがなかったでしょう。

今、私と子供たちに命があり、こうしてブログを書くこともできるのは、
【2】に属する総合病院で仕事をしていた産婦人科医、麻酔科医、小児科医、
手術室そして産婦人科病棟のナースたちをはじめとするスタッフのおかげです。

このことを、一生、忘れてはならない、と思っています。

しかし今【2】の病院で働く産婦人科医が減っています。
自分のお産の時には大丈夫だった、恩恵を受けられて良かった。
・・・それだけでいいのか?と思ってしまいます。
そのうえに昨年【2】に属する病院で働いていた産婦人科医が逮捕されました。
逮捕された理由は、到底納得がいかないものです。

私にできることを、していきたいです。ここでの情報発信もその一つということで。

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防衛医大の先生方、ありがとうございました

**以下はあくまでも個人的な見解、意見であって、私の所属する施設や機関を代表してのものではないことを最初にお断りしておきます**

防衛医大による産婦人科医の派遣が3月いっぱいで終了しました。

はるばる名護まで来てくださった先生方、お疲れ様でした。
遠いところを、沖縄県北部地域住民のために、本当にありがとうございました。

この地域で行われた市長選挙の前に、ある候補(現市長)の応援演説にきた当時の沖縄担当相が「休止している産婦人科に防衛医官を派遣する」という発言をしたのが、そもそもの始まりだったと思います。(当時の新聞記事
産婦人科医の退職などによって、産婦人科が休診になっていたのはその前年。
地域には開業産婦人科医が二件あるのですが、それでも地域の基幹病院の産婦人科休診の影響は小さくありません。開業医と病院とではお産など診療内容が違うのです。
(一般の方にはわかりにくいと思いますので、別項目で詳しく説明します。)

さて、3月いっぱいで防衛医大の派遣が終了することについて、今朝の新聞に載っていました。しかし、間違いだらけの記事です。

まず「防衛医官」というのが間違いです。
見出しから誤っている新聞記事には、ため息が出ます。
実際に来たのは、医官(=医師である自衛隊員)ではなく防衛医大産婦人科の文官(シビリアン)である防衛医大の先生方(助手~教授)です。
せめて防衛医大教官、と書くべきでしょう。

「やんばる母と子のいのちを守る勉強会」で沖縄県北部地域の産婦人科問題を現場近くの者たちが話し合っており、赴任後まもなくの勉強会のメモも公開されています。

今日の新聞記事で「週1回診療を受け付けていた」というのも誤解を招く表現で、週1回の外来では新患および産科は受け付けていませんでした。
主な勤務内容は他科からの院内コンサルトのみです(コンサルトは随時)。
県と防衛庁との間で結ばれた協定でそういうことになったのだそうです。
1~2週間で数人の先生が一人ずつ交代で派遣されて来るのですから、継続的に患者さんをみるのは難しく、外来再開は無理でした。

実際に赴任した医師は、感じの良い先生方ばかりでした。
少なくとも私が受けた印象では、国立大学病院に勤務する医師、防衛医大の教官である前にみなさんそれぞれが一人の産婦人科医、という風に感じられました。
派遣された先生方は大学勤務の産婦人科医としての専門領域もあり、病院内での勉強会(EPCにも出席してもらいました)や地域医療機関との学術的な懇話会、地域の人たちを対象とした講演会などでも、お世話になりました。

先生方の産婦人科医としての手腕は、私にはわかりません。
臨床の場で実力を発揮していただく機会が、残念ながらほとんどありませんでした。
いや、一点だけ。
婦人科領域の細胞診における細胞採取はどの先生も適正でした、と言えます。

防衛医大産婦人科が地域で果たしている役割についても教えられました。
沖縄県民のほとんどは知らないと思いますが、防衛医大は埼玉県所沢市にあり、埼玉というのは実は県民人口に対する医師人口が非常に少ない地域なのです。人口は多いのに医大は二つ(埼玉医大と防衛医大)しかないし、語弊のある表現を敢えてしてしまうと、都市部にあるのは防衛医大だけです。そこでの大学病院としての高度な診療を少人数の産婦人科医師たちで行っていた中からの、一般市中病院で産婦人科医一人という状態での沖縄県北部への派遣です。
一人の沖縄県民として、この派遣のために迷惑をかけてしまった埼玉県民に、大変申し訳ないと思わずにはいられませんでした。

派遣された防衛医大の先生のおかげで救われた命も確かにありました。
しかし病院現場から沖縄と埼玉の現状を考えると、この派遣には無駄が多く、防衛医大産婦人科への負担も大きすぎました。
3月に前倒しで派遣終了されたのは賢明な判断です。
政府には、こんな無理な形での医師派遣はもうしないでいただけないか、と申し上げたく思います。

一般論としても「産婦人科休診中の地域中核病院に対して産婦人科医師を一人派遣する」のは、無意味だと思います。
地域中核病院の産婦人科を機能させるには、最低3人の医師。
できれば4人以上の常勤産婦人科医師と、数人の非常勤医が必要でしょう。

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