2009年4月 1日 (水)

古代ギリシャの墓碑(2)

趣味のブログを続けます。
ギリシャの国立考古学博物館で、私が最も心を動かされた展示を紹介します。
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若い女性が裸の男の子に鳥を手渡そうとする姿が描かれた彫像です。
男の子は膝をつき両手を差し伸べて、小鳥を受け取ろうとしています。
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乙女の端正な横顔には朗らかな微笑みが浮かび、
交差する二人のまなざしからは確かな信頼と相互への愛情が感じられます。
娘の手首から流れる衣装の襞も美しく。
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最初、見た時には女神とその属神かと思いました。
まず連想したのは美と恋愛の女神アフロディーテ(ビーナス)とその使いエロス(キューピッド)。
しかし、豊満な肉体の持ち主であるはずのアフロディーテとしてはあまりに清楚。
胸のラインなども衣装に隠れて明らかではありません。
アフロディーテよりは月の女神アルテミスの方がイメージにあっているかも。
それに、この男の子は5~7歳くらいの姿をしていますが、エロスはもっと幼い姿で描かれることが多いですし、この男児にはエロスにあるはずの背中の羽もありません。

同じ国立考古学博物館で、他の部屋に展示されていたアフロディーテとエロス、パンの群像は、こんな感じです。時代も300年ほど後のものですが、雰囲気はかなり異なります。
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女神の名を確かめるつもりで解説を読み、愕然としました。

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これは墓碑。
ムネサゴラ(姉)とニコカレス(弟)という姉弟の死を悼んだ両親によって立てられた、と彫像の上の碑文に彫られているそうです。

ということは、二人とも死者。
黄泉の国で一緒にいる姿を描いた、ということなのでしょうか。
暗い黄泉の国、というよりは、明るいあの世、天国?
それとも生前の姿なのでしょうか。
ともかく・・・

  弟(手をさしのべながら)「おねえちゃん、その鳥、ぼくにちょうだい」
  姉(優しく微笑んで)「いいわよ、はい、どうぞ」

・・・という二人の死者の交流を描いた墓碑だなんて。
もう一度、全体の画像を出しておきます。
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姉はおそらく12~18歳、弟は上にも書いたように5~7歳でしょう。
二人の子を失った両親の嘆きが、この美しい大理石の彫像に隠されています。
どのような思いで、この墓碑を作り(完成品を購入したという説もあるそうです)
この碑を見つめて何を思ったことでしょう。
両親の思いは時を越えて、この碑を見た私の心を揺さぶったのでした。

もしギリシャ、アテネにある国立考古学博物館に行く機会があったら、ぜひこの碑をご覧ください。実物には私の撮った写真では決してあらわせない迫力があります。
観光案内にはこの墓碑は紹介されていませんが、見て損はないと思います。
ガイドブック等に必ず載っているのはその近くに展示されているデーメテール(豊饒の大地女神)の秘儀とやらですが、そちらの良さは私には理解できませんでした。
この墓碑の方がはるかに美しい、と私は思いました。

国立考古学博物館にはこのように、美しく、悲しい墓碑が、いっぱいありました。


参考サイト
アテネ/パルテノンと考古学博物館」広島大学、長田年広氏による講演録

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2009年3月20日 (金)

古代ギリシャの墓碑(1)

ギリシャの国立考古学博物館で、たくさんの古い墓碑を見てきました。
もともとギリシャ神話が好きなので、神話に登場する神の彫像などを見に行ったつもりだったのに、私の心は完全に墓碑に奪われてしまって、途方もなく長い時間をそこで費やしてしまいました。そのうちの一つをまず紹介します。
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紀元前420年ごろ、大理石に彫られた墓碑です。
左側に座った婦人と、右側に立った若い女性が握手をしています。
婦人の憂いに満ちた表情とは対照的に、若い女性は微笑み、優しいまなざしで婦人を見つめています。





Img_2773_3 解説文の写真も一緒に撮って来ました。
墓碑銘にはこう書いてあるのだそうです。
「アリストンとロドリアの娘、アリスティアここに眠る。
 愛しい娘よ、あなたはなんと良い娘だったことでしょう。」

若くして亡くなった娘を悼んだ両親が建てた墓碑だということがわかります。
簡潔な言葉に、子供を失った両親の嘆きが溢れています。

Img_2776_3 それにしても、この死せる娘の表情。
娘の死を惜しむ母の手が、黄泉に向かわんとする娘の手を引きとめているかのようにも見えるのに対し、娘の明るいまなざし、かすかな微笑みは、自らの死を静かに受容しつつ、母を慰めるかのような慈愛をたたえています。
生前と同じ、いや、もしかしたらそれ以上の輝きを放つ、死者の姿。

Img_2777_2 母の表情は娘とは対照的です。
かすかにうつむいたまなざし、わずかにゆがんだ口元。
娘の手を引き寄せながら、呆然としているかのようにも見えます。
悲しみに暮れる母の姿、と思えます。





Img_27741 亡き娘は、片方の手に鳥を持っています。
生者と死者が握手していたり、女性の死者が手に鳥や鏡などを持っていたり、宝石箱を召使に持たせたりしているのは古代ギリシャの墓碑によくある構図です。
鳥を持っていることの意味はわかりませんが、鳥は死の象徴という見方もあるようです。
空を羽ばたくはずの鳥が手の中に捕らえられている、と思ってもいいのでしょうか。



Img_2775_3 二人が手をとりあっていることが、また象徴的です。
生者と死者のあいだにある断絶は、この墓碑にはありません。
生死を越えた人と人との絆が、形として表現されているように思います。
いえ・・・どんなに強い絆で結ばれていようと、生死の断絶が人と人との間にある、ということもこの墓碑は訴えているように思えます。
優しくて残酷で、暖かさと冷たさがあり、明るく美しいのにどこか悲しい。

2400年以上昔の墓碑です。
娘の死を嘆いた両親も、この墓碑を彫った人物もとうにこの世から去って久しいのですけれど、時代を超えて、人の心を動かす力を持っています。

次の日記で、私が最も気に入った墓碑を紹介します。


追記:
この墓碑について書かれたサイトを探してみたら、ありました。
「古代ギリシャの墓碑浮彫りと墓碑銘」 田中咲子氏 (リンク先はpdfファイルです。)

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2008年11月10日 (月)

ティシオン

Tesseion_2 10月、ギリシャで開かれた国際病理学会というのに行ってきました。

世界史が好きで星とギリシャ神話が好きで、という私はこの機会を逃したら一生ギリシャに行くことがないかも!と、必死で演題を出して、行ってきました。国際病理学会での発表は2000年(名古屋開催)以来です。

学会で何を発表したか、というのは恥ずかしくてここには書けませんし、専門的な感動!(知識のup to date)についても詳細を説明できる自信がないので書きませんが、それ以外、見てきたギリシャについて、書きますね。
学会のためほとんどアテネに滞在し、観光としては一日、デルフィ日帰りツアーに参加しただけですが、それでも私には大満足のギリシャ滞在でした。

画像は、今回、私が最も美しいと感じた建造物です。
ティシオン(テセイオン、ヘファイストス神殿)。
有名なパルテノン(アテネ神殿)とほぼ同時代とされていますが、一回り小さく、そして古いにも関わらず保存状態がすばらしい。

長い間、アテネの伝説的な英雄、テセウスの神殿とされてきたそうですが(ミノタウルスと戦うテセウスが上部に浮き彫りにされている?)、発掘調査で鍛冶に関する発掘品が多数出て、鍛冶の神へファイストスの神殿ということになったそうです。中からヘファイストスとアテネの像が出たとか。
でも、ティシオンという呼び名はまだアテネ市民の間には保たれていて、近くの地下鉄の駅名もティシオ。
こんなに美しい神殿ですから、生まれた時から醜いため母ヘーラーに捨てられたといわれるヘファイストスの名よりも、古代英雄のテセウスの名で呼んでおきたくなる気持ちもわかります。短い名の方が呼びやすいし(笑)

アテネ市内、私が泊まっていたホテルから徒歩10分くらいのところにあり、最初は夕方、学会が終わってから見に行ったのですが、ものすごく気に入ったため、アテネを出発する日、飛行機に乗る前の時間にもう一度、見に行きました。
この時、時間帯もお昼前で、他に観光客もほとんどいませんでした。
この写真の光景を独り占めです。(監視員はいたけど。)

最初に見に行った時、夕日を浴びたテッシオンはこんな感じでした。
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小さいから破壊の対象とならなかったのでしょうか。
それとも、鍛冶の神(ものつくりの神)の神殿だから、
建築者たちが特別に壊れないように、真心込めて作ったとか。
ヘファイストスはお調子者が多いギリシャ神話の男神の中では珍しく堅気な神様ですから、自分の神殿だけは守ったのかもしれません。

小高い丘の上に立つティシオン。
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今回、ギリシャで最も心惹かれた遺跡でした。ここから離れるのが、名残惜しかったです。

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