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2010年12月14日 (火)

「とうとう君も、この戦線から離脱するのか」

医師不足型の地域医療崩壊にまつわる、小話です。

* 以下は事実を元にしたフィクションです。事実そのままではありません。

・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・
夜の病院、医局での立ち話。

思うところあって、一人の医師に声をかけた。
「病院を辞めようと考えている」という趣旨の話が返ってきた。
それを危惧して、声をかけたのだ。
やっぱり、そうなのか。

できれば辞めて欲しくない、というメッセージを伝えることはできる。
しかし、辞めるな、辞めない方が絶対いい、なんて私には言えない。
何か材料を見つけ、もう少し一緒に考えることはできるかもしれないけれど、
最終的には本人の人生であり、去就は本人の決断。

迷いがない訳はないだろう。
が、こればかりは本人が悩んで迷って、決めるしかない。
・・・などと思いつつ、とにかく、話を聞いていた。

そうしたら、書棚から小松秀樹先生の「医療崩壊」を取り出して
「立ち去り型サボタージュ」と題された章を開いて見せてくれた。
何度も繰り返し読んだに違いない、慣れた手つきで。
そして

「自分はこれをするまい、と思ってきたんですが」

と言った。

万感胸に迫る言葉。
そう。
私たちは、地域の医療崩壊をくい止める戦闘の最前線で、共に戦ってきている。
その医師は私にとって、互いに励ましあいながら戦ってきた仲間たちの一人、
欠けがえのない戦友の一人である。

しかし・・・一人、そしてまた一人。
櫛の歯が抜けるように、戦い半ばで前線から姿を消していった元同僚、
かつての戦友たちの姿が脳裏をよぎった。

とうとう君も、この戦線から離脱するのか。
君までもが、いなくなってしまうのか。

君が既に負傷しているのは知っていた。
だから、できることなら・・・私は、君を守りたかった。
しかし私は何の権限もない、他科(病理診断科)の医師にすぎない。
私にできる範囲で、君と家族の幸せを願い、そのために画策してきたつもり。
かなり遠回りだったかもしれないけれど、間に合うこと、届くこと、を願っていた。

だけど、やっぱり・・・いや、ついに、この日がきてしまったのか。
君は、辞める、という決断をくだすのだろうか・・・。

・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・

地域の医療崩壊をくい止める戦いは、すなわち、地域の患者さんたちの命を守る戦い。
患者さんと、その家族が発する「助けてください!」という声が医師に届く。
声なき叫び声を、身体が発することだってある。
その声を無視できない、助けられる命を助けたい、という医師たちの使命感に
支えられている戦い。
目の前に患者さんがやってくる限り、医師たちは患者さんと共に、患者さんの
ためと信じて、病気と、死と、戦い続ける。

実際に病気と戦うのは患者さん本人、患者さんの身体だ。
医師自身の身体ではない。
患者さんの生死を賭けた戦いに、医師は参謀、司令官、時には一兵卒となって加わる。
なのに。
時々、医師集団そのものが死の行軍を命じられた部隊のように思えることがある。

患者さんの病気との戦いに、医師が自分自身の命をかけるなんて間違っている。
文字通り身体を壊すまで、死ぬまで戦ってしまってはいけない、絶対に。
そんなのは本末転倒だと思うし、美談でもなんでもない。
医師がいなくなってしまっては、次の患者が助けられなくなる。

しかし、現実には身の危険を察知し不本意ながら前線を去る医師が後をたたない。
去って行った医師のその後が、傍目に幸せであるとは限らないのも恐ろしい。
気づいたら別の前線に送り込まれていて抜けられなくなっていた、という医師。
望むと望まざるとに関わらず、転戦に次ぐ転戦をくり返している医師。

どうして、こんなことになってしまっているのだろう。

病院はまるで、戦力の低下を認めることができないままに、戦争を継続しようと
している軍隊のようだ。
「どこで妥協するか」というのは戦略の要諦、引き際を間違った軍隊は大敗を喫する。

いくら撤退戦が難しいとしても、ここまで戦力がダウンした状態では、戦線を縮小し
撤退すべきところは撤退するしかないと思うのだが。

・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・

病院の医療現場を軍や戦争にたとえるのは適切でないと感じられる方もおられる
かもしれませんが、あくまでも個人的好み(??)による比喩にすぎません。
ご容赦ください。

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コメント

突然失礼します
病理医志望なのですが、病理医になるために学生のうちにできる事って何があるのでしょうか。もしよろしければご教授下さい

-----slummyです。コメントありがとうございます。
 学生さんのうちにできること、ですか。しっかり勉強すること、ですかね(笑)私は病理医になるために特に何かを学生時代にした、ということはありませんでしたよ。医学部を卒業すること、医師国家試験に受かるだけでも一大事業です。頑張ってください。
 あ、臨床研修病院を選ぶ際に病理医が常勤医として働いているところ、できればrole modelにしたいとあなたが思えるような病理医がいるところを探す、というのが学生のうちにできること、ですね。研修病院もピンからキリまであります。私は「病理ローテートが選択できる」という理由で臨床研修病院を選び、そこで恩師と出会いました。いろんな病院に見学に行ったり、病理学会の各支部がやってる「夏の学校」に行ったりするのも、学生さんのうちにできること、です。

投稿: なし | 2011年1月 5日 (水) 00時25分

昨年、紅葉の美しい神戸へ降り立つ珍しいマークがついた飛行機にて
大変お世話になった親子です。覚えていらっしゃいますでしょうか。
その節は本当にありがとうございました。
とても親切にしていただいて、いつも心で感謝とまた再会したい気持ちを温めています。

大阪にチケットの半券と共にお名刺を忘れてしまい、実家にて探してもらったものの回収日に『置いたままだということは、いらないのか』と処分され…
連絡手段をなくした失礼をしてしまい、すみませんでした。
携帯から覚えていた『やんばる』『病理医さん』を元に検索し、間違いない!素敵なお着物だった!とたどり着いたわけです。

私達親子にとって、初めての沖縄の年越しは、寒さに冷えに震えましたが
そこもまた日中の太陽のパワーに助けられながら毎日をすごしています。

スラミーさん。本当にありがとうございました。
またいつかお会いして、お話したいです♪
------
slummyです。
お久しぶりです、コメントありがとうございます!

も・ち・ろ・ん、覚えてますよ!
確か、チューリップのついたスカイマーク機でしたよね。
(さくらんぼマークのも駐機場で目撃した時でしたっけ?)
お利口さんのお子さんたちともご一緒できて、私も楽しかったです。
どうしてらっしゃるかなー、と思っていました。

今年の冬は、寒いですね。こんな年もあります。
寒さのおかげか、名護はそろそろ緋寒桜が開き始めています。どうぞお元気で。いつか、またお会いできる機会があるといいですね。

投稿: 中田です | 2011年1月 9日 (日) 18時44分

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