« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月14日 (火)

「とうとう君も、この戦線から離脱するのか」

医師不足型の地域医療崩壊にまつわる、小話です。

* 以下は事実を元にしたフィクションです。事実そのままではありません。

・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・
夜の病院、医局での立ち話。

思うところあって、一人の医師に声をかけた。
「病院を辞めようと考えている」という趣旨の話が返ってきた。
それを危惧して、声をかけたのだ。
やっぱり、そうなのか。

できれば辞めて欲しくない、というメッセージを伝えることはできる。
しかし、辞めるな、辞めない方が絶対いい、なんて私には言えない。
何か材料を見つけ、もう少し一緒に考えることはできるかもしれないけれど、
最終的には本人の人生であり、去就は本人の決断。

迷いがない訳はないだろう。
が、こればかりは本人が悩んで迷って、決めるしかない。
・・・などと思いつつ、とにかく、話を聞いていた。

そうしたら、書棚から小松秀樹先生の「医療崩壊」を取り出して
「立ち去り型サボタージュ」と題された章を開いて見せてくれた。
何度も繰り返し読んだに違いない、慣れた手つきで。
そして

「自分はこれをするまい、と思ってきたんですが」

と言った。

万感胸に迫る言葉。
そう。
私たちは、地域の医療崩壊をくい止める戦闘の最前線で、共に戦ってきている。
その医師は私にとって、互いに励ましあいながら戦ってきた仲間たちの一人、
欠けがえのない戦友の一人である。

しかし・・・一人、そしてまた一人。
櫛の歯が抜けるように、戦い半ばで前線から姿を消していった元同僚、
かつての戦友たちの姿が脳裏をよぎった。

とうとう君も、この戦線から離脱するのか。
君までもが、いなくなってしまうのか。

君が既に負傷しているのは知っていた。
だから、できることなら・・・私は、君を守りたかった。
しかし私は何の権限もない、他科(病理診断科)の医師にすぎない。
私にできる範囲で、君と家族の幸せを願い、そのために画策してきたつもり。
かなり遠回りだったかもしれないけれど、間に合うこと、届くこと、を願っていた。

だけど、やっぱり・・・いや、ついに、この日がきてしまったのか。
君は、辞める、という決断をくだすのだろうか・・・。

・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・

地域の医療崩壊をくい止める戦いは、すなわち、地域の患者さんたちの命を守る戦い。
患者さんと、その家族が発する「助けてください!」という声が医師に届く。
声なき叫び声を、身体が発することだってある。
その声を無視できない、助けられる命を助けたい、という医師たちの使命感に
支えられている戦い。
目の前に患者さんがやってくる限り、医師たちは患者さんと共に、患者さんの
ためと信じて、病気と、死と、戦い続ける。

実際に病気と戦うのは患者さん本人、患者さんの身体だ。
医師自身の身体ではない。
患者さんの生死を賭けた戦いに、医師は参謀、司令官、時には一兵卒となって加わる。
なのに。
時々、医師集団そのものが死の行軍を命じられた部隊のように思えることがある。

患者さんの病気との戦いに、医師が自分自身の命をかけるなんて間違っている。
文字通り身体を壊すまで、死ぬまで戦ってしまってはいけない、絶対に。
そんなのは本末転倒だと思うし、美談でもなんでもない。
医師がいなくなってしまっては、次の患者が助けられなくなる。

しかし、現実には身の危険を察知し不本意ながら前線を去る医師が後をたたない。
去って行った医師のその後が、傍目に幸せであるとは限らないのも恐ろしい。
気づいたら別の前線に送り込まれていて抜けられなくなっていた、という医師。
望むと望まざるとに関わらず、転戦に次ぐ転戦をくり返している医師。

どうして、こんなことになってしまっているのだろう。

病院はまるで、戦力の低下を認めることができないままに、戦争を継続しようと
している軍隊のようだ。
「どこで妥協するか」というのは戦略の要諦、引き際を間違った軍隊は大敗を喫する。

いくら撤退戦が難しいとしても、ここまで戦力がダウンした状態では、戦線を縮小し
撤退すべきところは撤退するしかないと思うのだが。

・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・

病院の医療現場を軍や戦争にたとえるのは適切でないと感じられる方もおられる
かもしれませんが、あくまでも個人的好み(??)による比喩にすぎません。
ご容赦ください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »