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2010年6月 8日 (火)

難しい標本に遭遇したとき

胃生検の小部屋、というブログがあり、ちょくちょく訪問しております。
今回、興味深い標本(と病理診断医なら誰もが思うのでは?)がアップされていたので、コメントしようかとも思ったのですが、長くなり話もそれましたので自分のブログの記事にしました。


「胃生検の小部屋」

 大腸腫瘍、腺腫か腺癌か?深達度は?

うーん、興味深い、というか、難しい、というか。
実際、日常的な診断現場で、こういう症例に悩まされてばかりです。
週に1回のやんばる二人病理医の会でも、こういう症例を互いに持ち寄ることがとても多いです。
これは「めったにない、まれな」難しい標本ではなく、「よくある」難しい標本だと思います。

大腸腫瘍の症例で、粘膜切除標本のような画像が提示されています。
(実は手術標本で、その一部のみを見せている、という可能性もあるけれど。)
で、ブログ主であるドクトル・クッシーは、この大腸腫瘍が、腺腫(=良性腫瘍)か、癌か、と尋ねてるんです。

え~っと。私なりに答えてみます。
腺密度の低さと細胞極性の保持(この倍率ではわかりにくいんですが、核が比較的、基底側に寄っているように思えます)からは、腺腫なんじゃないかなー、と思える画像です。
でも、この程度の異型の腺癌って大腸の場合、十分、あり得るんですよね。
同じような異型腺管が所属リンパ節にありました、ということだったら、「ごめんなさい、腺腫じゃなくて腺癌だったんですね、私には、わかりませんでした」って答えたくなっちゃう。

腫瘍内の腺腔に貯留した粘液が粘膜下層にはみ出ている、というのも悩ましい所見です。
腫瘍細胞は、標本を見る限り、粘膜下層に入り込んでいない。

容易には決着がつかない、ホントに難しい標本です。

>もし低異型度癌と判断するのならば、深達度はどうするのでしょうか?

という質問ですが、その答えもいずれ書くとして・・・判断、という言葉にひっかかりました。
病理「判断」ではなく、病理「診断」、を生業としているものですから。

話を敢えてそらします。
こういう病変を「診断」するときの、個人的な鉄則があります。

患者さんの「病理診断」は「人体病変組織分類学」ではない、という鉄則です。

標本にあらわれた事実をできるだけありのままに、患者さんの診療にあたっている臨床医に伝える、のが病理診断の役割であり、病理医の仕事だと私は思っています。
そのために、私は病院に雇われて働いているんだとすら思っています。私にとっては、どういう名前の範疇に分類する、どこの概念に入れると判断する、ということは臨床医に正確に伝えるための手段にすぎません。

私はドクトル・クッシーのような消化管病理専門医ではなく、沖縄の僻地の病院で一人で働いている、一般病理医に過ぎません。分類を作る立場ではなく、分類を手段として使うだけの立場です。
私でも迷わずに診断できる、良悪の決着が簡単につく症例もいっぱいあり、それはサッサと病理診断書を発行してサラサラっとサインして終われるんですが、そうはいかない、難しい標本にもしばしば遭遇します。
この標本のような、よくある、難しい標本です。

だから、この標本が粘膜切除標本として私の顕微鏡のステージの上に載ったなら、
「ああ、なんて難しい標本なんだろう!!」と大きな溜息をつくことになると思います。
で、次に、この標本の難しさをどう臨床医に伝えられるかなぁ、と考えます。
考えがまとまったら、私は、臨床医(患者さんの診療に責任をもってあたる立場の医師)に電話するんです。

「○月×日に内視鏡で大腸腫瘍を切除された△△△さんの標本のことなんですけど、今、お時間大丈夫ですか?お話してもよろしいですか?」って。

お話する許可が得られたら、以下のような内容を説明します。

「すみません、とても難しい症例で、困ってるんです。どうしましょう。」
「腺腫なのか、高分化腺癌なのか、病理学的には鑑別に迷うような腫瘍なんです。」
「どっちであっても不思議でない、というか、確率50%、というか。」
(注:この50%という数字はかなりテキトーです。なんのエビデンスもなく、私の主観を表現するために数字を用いてるだけですから。かなり癌っぽい、Group4に相当するような病変だと思えば「90%は癌だと思うんですけど、10%は癌じゃないかもしれないので」っていう言葉で伝えたりします。もちろん病理診断書にはそんな数字は記載しません、口頭のみです。)
「腫瘍であるのは間違いないんですが、良性とも悪性とも決定できなくて。鑑別がすごく難しいんです。」
「明らかに癌だっていう所見ではないので、疑わしきは罰せず、というのを原則にするのなら、敢えて言うとしたら腺腫、ということになるんですが・・・癌を否定できるか、と聞かれたらぜんぜん否定できないんですよ。こういう癌もありえるんです。絶対に悪性だ、と断定はできません。でも、悪性であったとしても不思議ではない、という組織に私には見えます。」
「それに、もしこれが悪性だったとしたら、深達度についても判定するのが難しくて・・・腫瘍細胞は粘膜固有層内にしかないんですが、粘液を産生するタイプの腫瘍で、その腫瘍細胞が産生した粘液が粘膜下層にまで入り込んでいるんです。大腸癌取り扱い規約も、こういうのは想定外じゃないかと思うんですが。」
「要するに、良性か悪性かも難しい上に、悪性だったとしたらm癌なのかsm癌なのかも難しい。」
「すみません、そういう感じで、とても難しい腫瘍なんです。」
「病理診断としてはいちおうhigh-grade adenoma,  see descriptionって書いて発行しようかと思ってるんですけど、ただの高異型腺腫じゃないんです。どうしましょう?」

という調子で、ひとしきり私が見たままの標本上の事実を説明します。
で、その次は臨床医に質問しまくります。

「患者さんの年齢が○○才なんですけど、お元気な方なんでしょうか?」
「もしこれが癌で、粘膜下層にまで達しているということだったら、大腸部分切除とリンパ節廓清まで、ありえるんでしょうか?」

標本の所見が一緒でも、患者さんの状態で治療には大きな差があります。
たとえば、患者さんが95歳で特別養護老人ホームに入所中、オムツに血が着き、貧血もあるということでウチの病院に紹介され、その精査として(家族の希望もあって)大腸内視鏡検査をしたら小さい腫瘍があったため内視鏡的に切除された、というような方の場合は、家族と相談するにせよ、経過観察になる可能性が高いと思うんです。
それに対し、患者さんが40歳で元気に仕事もしている人だったら、本人に対して内科医もしくは外科医がきちんと説明して理解してもらい、ご本人にどうするのかを決めてもらわなくてはなりません。場合によっては結腸部分切除、リンパ節廓清まであり得ます。

この標本のように良悪判定すら難しい場合は「診断が難しい病変である」ということを、医療者側の共通認識にしておいて、その後の方針を決める必要があるんだと思ってます。
なんといっても、結果が重大ですから。

電話した相手が内科医で、これから外科にコンサルトするというのだったら、そのコンサルト相手の外科医におんなじ話をしたりします。
で、この標本の所見だけで外科医が結腸部分切除術をするというのなら、病理検査室に来てもらって、一緒に標本をみながら、標本上の現実を外科医の目で見てもらいながら「ホントに、ホントに、これで、手術していいんですね?」と念を押したりするかも。

「人体病変組織分類学」にも興味はあります。学問と医療は密接に関係しています。
分類学の進歩を私は楽しみにしているんですが、分類学の限界も感じています。
限界にぶちあたりながら病理診断している者の立場で、日常の風景を再現してみました。

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コメント

普段 めった知ることのできない内容を読ませていただけて有難いです。
解剖なんて、1生に1度経験するか否かの世界で。
当事者になって初めて、慌てて情報収集しようとしても、なかなか出会えなくて。
先生は、現場でお仕事されながら、ブログもUPされていて、一般庶民には本当に有難いです。

----コメントありがとうございます。slummyです。

なかなか更新できないブログですが(苦笑)病理診断業務を職業にしている人間が、何をどう考えながら病気と向き合っているか、というのをブログで書いていければと思っています。
一般の方に、病理医のことを、少しでもご理解いただく一助として利用していただければありがたいです。今後ともよろしくお願いします。

投稿: 桐kun | 2011年3月24日 (木) 11時37分

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