古代ギリシャの墓碑(1)
ギリシャの国立考古学博物館で、たくさんの古い墓碑を見てきました。
もともとギリシャ神話が好きなので、神話に登場する神の彫像などを見に行ったつもりだったのに、私の心は完全に墓碑に奪われてしまって、途方もなく長い時間をそこで費やしてしまいました。そのうちの一つをまず紹介します。
紀元前420年ごろ、大理石に彫られた墓碑です。
左側に座った婦人と、右側に立った若い女性が握手をしています。
婦人の憂いに満ちた表情とは対照的に、若い女性は微笑み、優しいまなざしで婦人を見つめています。
解説文の写真も一緒に撮って来ました。
墓碑銘にはこう書いてあるのだそうです。
「アリストンとロドリアの娘、アリスティアここに眠る。
愛しい娘よ、あなたはなんと良い娘だったことでしょう。」
若くして亡くなった娘を悼んだ両親が建てた墓碑だということがわかります。
簡潔な言葉に、子供を失った両親の嘆きが溢れています。
それにしても、この死せる娘の表情。
娘の死を惜しむ母の手が、黄泉に向かわんとする娘の手を引きとめているかのようにも見えるのに対し、娘の明るいまなざし、かすかな微笑みは、自らの死を静かに受容しつつ、母を慰めるかのような慈愛をたたえています。
生前と同じ、いや、もしかしたらそれ以上の輝きを放つ、死者の姿。
母の表情は娘とは対照的です。
かすかにうつむいたまなざし、わずかにゆがんだ口元。
娘の手を引き寄せながら、呆然としているかのようにも見えます。
悲しみに暮れる母の姿、と思えます。
亡き娘は、片方の手に鳥を持っています。
生者と死者が握手していたり、女性の死者が手に鳥や鏡などを持っていたり、宝石箱を召使に持たせたりしているのは古代ギリシャの墓碑によくある構図です。
鳥を持っていることの意味はわかりませんが、鳥は死の象徴という見方もあるようです。
空を羽ばたくはずの鳥が手の中に捕らえられている、と思ってもいいのでしょうか。
二人が手をとりあっていることが、また象徴的です。
生者と死者のあいだにある断絶は、この墓碑にはありません。
生死を越えた人と人との絆が、形として表現されているように思います。
いえ・・・どんなに強い絆で結ばれていようと、生死の断絶が人と人との間にある、ということもこの墓碑は訴えているように思えます。
優しくて残酷で、暖かさと冷たさがあり、明るく美しいのにどこか悲しい。
2400年以上昔の墓碑です。
娘の死を嘆いた両親も、この墓碑を彫った人物もとうにこの世から去って久しいのですけれど、時代を超えて、人の心を動かす力を持っています。
次の日記で、私が最も気に入った墓碑を紹介します。
追記:
この墓碑について書かれたサイトを探してみたら、ありました。
「古代ギリシャの墓碑浮彫りと墓碑銘」 田中咲子氏 (リンク先はpdfファイルです。)
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