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2007年12月 5日 (水)

大野病院事件第10回公判速報より

ロハス・メディカル・ブログからの引用です。

>私は知らなかった。
>胎盤を剥がした後の子宮が
>傷をつけなくても1分間に500cc出血する臓器であるということを。
>おそらく多くの方が同じでないか。
>検察の見立ても、大量に出血したからには傷をつけたに違いない
>というものであっただろう。

>医療者にとっては常識なのかもしれないが
>誰かが最初からそのことを説明してくれていれば
>話がここまでややこしくなることもなかっただろうと思うのである。
>おそらく検察側も
>自分たちの見立てが根本からナンセンスであることに
>間違いなく気づいたと思う。

なんというか・・・ショックでした。
「患者と医師をつなぐ」ロハス・メディカルの川口さんがこの内容を書いている、ということも含めて。

胎盤が剥離した後の子宮が復古不全、収縮不全状態であれば大量の噴出するような出血があって当然、と医師であれば考えます。
少なくとも私は漠然と、ですが、そういう状況を想像していました。
毎分500cc、という具体的な数値は知らないけど、とにかく大量出血、と。

でも今回、池ノ上教授が説明するまで、誰もこのことを、非医師が理解できる言葉で、説明していなかった。何人もの医師が証言していたのに。

シャワーヘッドがオープンになったような(出血)、というのはすぐれた比喩です。
池ノ上教授はもちろん経験も豊富で、その上に準備に準備を重ねて、この比喩を採用し、今回の明解な説明を作り上げたのでしょう。

それにしても…この齟齬は、大きいですね。
医療を行う上で、医師の立場では前提となっている「常識」を言語化することの困難さを改めて感じました。こんなことで気後れしていてはダメなんですけど。

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2007年12月 3日 (月)

強度のある言葉を用いるために

病院としての大仕事が一段落した所で、久しぶりの更新です。

レジデント初期研修用資料:言葉の強度について」を読みました。

冒頭の例は、病理学者であって、病理医じゃない所がポイントですね!(笑)
病理学者は病理学的知見を得るのが仕事、病理医は診断するのが仕事だと思ってますので。もちろん私自身は後者です。

>責任を取る覚悟、自分の言葉が「力を持ってしまうこと」に対する恐怖をもちつつ、それを克服するすることが、まず何よりも言葉に強度を付加するために欠かせないのだと思う。

ものすごくうなずけます。
診断する時には、腹をくくり、背中に冷や汗をかきながら、言葉に強度をつけていきます。

手にあるのは木刀ではなく真剣、相手も切れるが自分も切られる、と師匠は言っていました。丹念に磨きあげ、切れ味の良い剣を振るう快感はまた格別なものですが、だからといって切れ過ぎる剣に振り回されてしまっては、この仕事、できません。

なかなか理解を得られていないような気がするこの病理診断という専門分野。
適確な比喩として用いられ、とても嬉しかったです。medtools先生に感謝。

ゼロリスクがありえない、という真実のために「大丈夫」と言えない現代医療。
病理医としてはせめて、真実に少しでも近いと思われる病理学的知見を拾えるよう日々研鑽しつつ、主観としての「強度を持った言葉」を臨床医や患者さんに対して語れる医師でありたい、と思いました。

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