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2007年9月 2日 (日)

「やんばる母と子の命を守る勉強会」と最近のニュース

もう2年近く「やんばる母と子の命を守る勉強会」に関わっているのですが、自分のブログでちゃんととりあげたことがなかったことに気づいたので、あらためてエントリにしてみます。

「やんばる母と子の命を守る勉強会」は、私の勤務先でもある沖縄県立北部病院の産婦人科が休診(平成17年4月より)したことが契機となって始まった会です。

平成17年4月、沖縄県立北部病院の産科外来が休診となりました。
その結果、沖縄本島北部地区(人口約10万人、面積は本島の約40%)は産婦人科二次救急に対応できなくなりました。

このことの影響を心配し、危機感を持った人たちが地域にいました。
「地域の妊産婦、胎児や新生児の命が危険にさらされるのではないか」と。
中でも医療に関わる小児科医、産婦人科開業医、市町村担当の保健師、助産師といった人たちが中心になり、現場からの情報を共有する会を立ち上げたのです。

それが「やんばる母と子の命を守る勉強会」。
月に1回の勉強会を開き、毎月開催され続けて現在に至っています。
会が始まった当初、活動として何を目標にするのか、が話し合われ、
「三つの柱」を定めています。

第1の柱:北部地域における周産期医療の質を低下させないこと
      =二次救急機関における産科医師の確保(産科医不足が背景にある)
第2の柱:ハイリスク妊婦が安心して分娩をする体制
      =搬送手段の確保(救急車は十分?中南部に往復すると2時間以上!)
第3の柱:ハイリスク妊娠そのものを減らすこと
      =母子保健活動の充実(未受診、飛び込み分娩などを減らしたい)

1は、産婦人科医不足と関係しています。
二次救急機関(病院)と、一般の産科開業医がどう違うかについては以前書きました
2は、搬送手段としての救急車と、医療機関の連携の問題。
3は、母子保健活動、特に未受診者や妊婦さん自身の自覚の問題とも
   関係してきます。

この会に参加して、私は3の問題がいかに大きいかを知ることになりました。
たとえば時々新聞などで報道される「救急車内分娩」の多くは、妊婦検診未受診者。
妊娠してから1回も産婦人科に受診したことのない「飛び込み分娩」も。
たまたま安産であればいいのですが、そうとも限らない所がお産の恐ろしい所。

たとえば、母子手帳を発行されていない妊婦がいる、ということ。
母子手帳は産婦人科で妊娠が確認されてから、役所で発行されます。
だから妊婦についての情報を地域の自治体はある程度、持っています。
母子手帳を持っている人が、1回は妊婦検診に来たけれど、その後は来なくなって
しまった…という場合、地域の産婦人科を受診した妊婦さんであれば、情報を役所
にまわし、役所から保健師さんが家庭を訪問し検診の受診を促す、ということも
この会の活動の中から、されるようになりました。
ただ、一回も産婦人科を受診していない人の場合、どうしようもありません。

飛び込み分娩となりやすいのは、経済的困窮家庭、それも経産婦だったりします。
ある例では、一度も受診しなかった理由を「職場に妊娠が知れると職を失うので仕事を休んで産婦人科に行くなんて絶対できなかった」と説明したそうです。
時間給、パートタイムで働いている場合は、仕事を休んで受診するとそれだけ収入が減ります。しかも妊婦検診は自費です。経済的理由で検診を受けない、という選択をする人がいても不思議ではありません。
…母子の命に関わる危険を冒している、のですけれど。

そういう人でもこの時代、携帯電話は必ず持っています。
「母と子の命を守る」ためには、地道な啓蒙活動が必要だと痛感し、沖縄県北部十二市町村の母子手帳発行担当者の協力を得て、この会で地域の妊婦さんを対象とした携帯メールマガジンを月に1回発行し、情報を提供しています。
そのホームページが「やんばる妊婦の広場」です。過去のメルマガはここで読めます。
一度も受診したことのない妊婦さんには情報を届ける手段はないのですが、妊娠し母子手帳を持った方が少しでも妊婦としての自覚を高めてくれることを願って、毎月メールマガジンを編集・発行しています。

さて、話は変わります。

奈良で妊婦を搬送中の救急車が事故にあい、ニュースになっています。
事故にあわなければそう、話題になることもなかったのでしょうが、救急車内分娩で死産であったことから「救急車で妊婦搬送」「奈良県」というキーワードもありマスコミに注目され、話題となっているようです。

この事件、問題点はいろいろあるのですが、私としては上記三つの柱とからめるのが、理解しやすいように思います。

1.奈良県は産科医が不足している(これは全国的現象、要対策)
2.救急搬送体制が未確立(搬送先が決まりにくかった?)
3.この妊婦さんはハイリスク妊娠であった(結果的には飛び込みの死産)

1,2,3それぞれに問題があったのです。どれも対策を検討すべきです。
医師、行政、個人のどれか一つを悪者にして解決する問題ではありません。

しかし1は容易に解決できる問題ではありません。10年かかるかも。
2は、関係諸機関が連携方法を本気で検討すれば可能だとは思いますが、それなりに調整が必要です。
重要なのは3。妊婦になる可能性がある人、妊婦を身近な存在としうる人、つまりは全国民に妊婦検診の重要性を認識してもらうことが必要なのです。要するに啓蒙活動。
この妊婦さんが、妊娠後一度でも産婦人科を受診していれば話は大きく違ったのですから。

啓蒙活動は今すぐにできるのではないでしょうか。
「妊娠したら、一度は産婦人科を受診し、母子手帳をもらいましょう」
「定期的に妊婦検診を受ける『かかりつけ医』を決めましょう」
「外出時には、不測の事態に備えて母子手帳を持ち歩きましょう」

マスコミにはこういう啓蒙活動を期待したいのですが。

それから番外、というか…やんばる母と子の柱にはない項目で。

4.救急車の交通事故

これについては、あまり問題になっていないような印象。
交通事故が一定の確率で起こるのは当たり前のことなんでしょうか。
ワゴン車と衝突したという、事故の原因も報道では不明です。
たとえば「救急車には、道を譲りましょう」という啓蒙活動は必要ないでしょうか。

9月8日、追記。
地方紙ではこんな記事も載っていました。
北海道新聞です。医師サイドの声をとりあげています。
熊本の病院が「こうのとりのゆりかご」を作らざるをえなかったのも同じような理由で。
「親が子を慈しむのは当然」「お腹に命が宿れば、大事にする」という理想やタテマエどおりではない、こういった現実が今の日本社会で、多々あるからだと思います。
この記事の最後、ある開業医さんのコメントに私も全面的に賛成ですので、引用しておきます。

「産科に行かない妊婦にはそれぞれ事情がある。
救急態勢以外に、母親側の背景を検討して対策を講じないと、問題は繰り返される」

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コメント

不妊治療に通い早く子供が欲しい36歳の女性です。奈良県の妊婦搬送問題では、私は、初期のマスコミの報道に疑問を感じております。病院・救急隊など奈良県非難ありきの報道で妊婦が7ケ月になるまでなぜ診察していなかったかという重要な問題を無視しているからです。今回、この問題が起きなくても数カ月後に違う問題(産み捨て)でニュースになっていたのかも知れません。こういった女性が他にいるようならば今回、なぜそうなったのか事情を究明して欲しいです。

投稿: 匿名 | 2007年9月 2日 (日) 14時42分

病理医新米の女医です。大学医局に在籍し就職先を検討してもらっていますが、現在一歳の子供がいることからなかなか赴任先が決まりません。病院としては子供のいない医者が採用したいような雰囲気です。現在妊娠中ですが、まだ医局に伝えられないでいます。妊娠して職を失うということは他人事ではありません。
しかし、職をなくすから検診を受けない、母子手帳ももらわないことは非常に危ないですよね。妊娠、出産するからには自分と子供を守るためにきちんと検診、教育を受けるべきだと思います。タバコ、アルコールが妊娠に悪影響を与えると知らない妊婦さんがけっこう多い気がします。でも妊娠したら病院に行くんだとどこで教えてもらったのか思い出せないんです。学校で教えてもらったのかなあ?

投稿: ゆにゃ | 2007年9月 3日 (月) 14時09分

コメントくださったみなさま、ありがとうございます。


匿名さま(私の方で投稿者名を「匿名」とさせていただきました)

今回の報道では個人の事情は一切伏せられています。
個人的なことでしょうから、やむをえないかもしれませんが、このまま臨月を迎えるつもりだったのかどうかはちょっと気になります。
そして私の知る限りでは、臨月となり陣痛が始まるまで病院を受診しようとしない女性は残念ながら「とても珍しい」訳ではない、のです。
上記のニュースになった事件の3日前の朝日新聞(神奈川版)の報道をリンクしておきます。「飛び込み出産」について詳細にとりあげています。
http://megalodon.jp/?url=http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php%3fk_id%3d15000160708270002&date=20070903221801


ゆにゃさま、同じ病理医なんですね。
子供がいるから採用したくない、というような病院には就職しない方がお互いのためだと思います。専門医資格を持って赴任するのであれば、かなり強気?でいいと思うんですけど。「病院としては子供のいない医者を採用したい雰囲気」などという無意味な言外のプレッシャーには、どうか負けないで。小さい子供がいること、次の出産を控えていること、などによるハンデはあるかもしれませんが、それでも常勤病理医として要所要所を押さえた働き方をしていけば、その病院の医療に確実に貢献できます。どうかご自分の価値を低く見積もりすぎませぬよう。病理医不足、医師不足は女性医師にとってチャンスでもあると思います。
ちょっと気になったのは、赴任の時期にもよりますが、就職先で産休をとるのであれば、妊娠を告げずに赴任するのはアンフェアになりかねませんから、早めに医局に妊娠を伝えられたらいいんですけどね…。お体をどうぞお大事に。

さて、本文ではただ「啓蒙」と書きましたが、本当はなぜ病院に行かなくてはならないか、ということについての啓蒙が必要だと思っています。飛び込み出産や未受診妊婦には「病院に行かなくてはならないことを知ってはいるけれど、あえて行かない」という確信犯的な人も少なくありません。妊娠したら妊婦検診が必要なのは、自分のため、赤ちゃんのため、というだけではなく、多数の人たちに迷惑をかけないため、ということもあると思うのです。が「無関係な他人様に迷惑をかけないようにしましょう」というのは今の世の中、通用しないのかな…。

投稿: slummy | 2007年9月 3日 (月) 22時55分

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