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2007年5月21日 (月)

「病理診断科」と名乗ることについて

私は、病院に勤めている病理医です。
病院勤務の病理医、所属は病理科なんですがこの「病理科」というのはあくまでも「通称」。

私の勤務先はたくさん科がある総合病院なので「内科」「外科」「整形外科」「小児科」など診療科が公示されています。
でも、これは厚生労働省が決めた科の名称しか名乗れず、「病理」は病院が名乗ることのできる科としては認められていません。

くどいようですが、私は「病理専門医」です。専門は病理。
内科や外科などの臨床科をバックアップする立場ですが、専門的な医療を行う医師の一人として、医療の質向上に貢献しています。
病理専門医として、私が名乗りたい、名乗ることができる「科」は病理以外はありません。

それなりの規模の病院(たとえば200床以上、全身麻酔の手術が年間100件以上)で病理医が院内にいるかどうか、というのは、「診断」の質という点で、大事なことだと思うのです。
でも「病理(診断)科」を、総合病院の診療科の中に含めることはできないのです。
厚生労働省が認めていない、という理由で。

一方、たった一人しか医師がいない開業医であっても、内科、皮膚科、外科、整形外科、アレルギー科など(厚生労働省が標榜科として認めている科の名称なら)いくつでも名乗ることができます。実際、たくさんの科を名乗っている開業医は少なくありません。
これは、絶対、制度が実態とかけはなれていて、おかしいなぁー、と思うんです。

標榜科(診療科)についての再検討が始まったようです。
新聞記事をリンクしておきます。

「病理診断科」はぜひ、ぜひ、ぜひ!認めて欲しいです。
私は、直接患者さんに接しない立場ではありますが、一人の医師として、毎日毎日、真剣に病理診断を下しています。
病理医の仕事は、患者さんの病名を決める(診断する)ことです。
なのに今の制度では表向き、病院にいてもいなくても同じかのように扱われています。

表向き、というのが一つのポイントかもしれません。
いや、本音を言えば私も陰でこっそり良いことをする、というのが好きなんですけど(笑)
病理医のみんながそういう人ばっかりだったのでこれまで診療科として認められなかったのかもしれません。
とにかく、今に至るまで病理医の仕事は社会に十分に認知されていません。
病理は深刻な人不足に陥っていますが、産婦人科や小児科、麻酔科と違って話題になることもありません。
(私見ですが、病理医は日本では一度も充足したこともなく、医療の質の向上を求められる時代になって需要ばかりがウナギノボリになっているのだと思います・・・)

社会的認知のためにも、病理診断科をぜひ、診療科として公示できるようになって欲しいものです。

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2007年5月13日 (日)

医師の労働組合について

新聞に医師手当の削減についての記事が載りました。

「やっぱりこういう日が来たか!あの時に医師の労働組合を作ったのは正解だった!」というのが私の感想です。
(あ、決して私が作った訳ではありません。苦労して作られたのは他の先生方で、私は設立当初から参加させていただいているだけです。)
沖縄県立病院群には、全国でも珍しい「医師による、医師のための労働組合」があるのです。

「医師が労働組合を作って自分たちの利益をはかるなんて、そんなに金が大事か!」

「自分たちの権利ばかり守りたがるような医師にはみてもらいたくない、医師の風上にもおけない!」

・・・と思いますか?

いえいえ、それは完全に、誤解ですよ。
自分の権利や、お金のことばかり考える医師は決して組合など作りません。
これは、断言できます。

自分たちの権利ばかり守りたがるのであれば、医師は労働組合を作ったりせず、他のもっと条件の良い職場に転職します。

医師が労働組合を作ったのは、自分たちのためだけではないのです。

自分たちの労働環境を守ることが、患者さんたちへの医療を守ることに直結しているから、です。

医師も一人の人間であり、一人の労働者です。
そして、医師たるもの、患者さんのことを忘れることはできません。
自分の利益が、患者さんたちへの利益ともなる、と確信したからこそ、医師たちは団結したのです。

       ☆         ☆         ☆

沖縄県は平成11年に一方的に全医師の手当を一律に削減・廃止したことがあり(「医師暫定手当廃止事件」と個人的には呼んでいます)この時に労組がないとまったく県との交渉ができないことを私たち医師の側は知りました。
この「医師暫定手当廃止事件」がきっかけとなり、労組をたちあげました。
既存の(県職員一般のための)労組に医師が参加したのではなく、自分たちのために、組合を作ったのです。政治色はありません。

ここは病理医ブログですので、病理医にとって手当の削減、というのはどういうことか、を説明します。
私は病理医として病理診断業務に専念している(患者さんに面と向かって行う医療行為はしていない)のですが、沖縄県には病理医に対して特別な手当を与えるという項目があります。(職員給与規程のページをリンクしておきます、第15条の3です。)
引用しておきます。
「医師が病理学的検査の業務にもっぱら従事したときは、勤務1月につき、100,000円を前項の額に加算して支給する。」

これって、すごくありがたい手当です。だって、結構な額じゃありません?
「けっ、こんな額で何をありがたがってる」と思われた方はウェーキンチュ(大金持ちさん)、私とは話が合わないので、このブログを読むのは時間の無駄です、さようなら。

さて、金銭感覚に私との共通点がある方を読者として想定しなおして続けます。
こういう規定があることは就職してから知ったのですが、沖縄県立病院では病理医を大事にしようとしている、病理医が医療に果たす役割、価値、稀少性(?)を公式に認め、待遇面でも評価してくれている、と感じて嬉しかったです。

この手当は「医師手当」の一部とされています。
県は、通達一つでこの手当をゼロにすることができ、労働組合がなければそのことに対して何の交渉もできない、と知った時に私は労働組合の設立に参加することにしました。
ささやかですが、一人の病理医として、また一人の沖縄を愛する者として。
病理医をきちんと評価している沖縄県の姿勢はすばらしいと思いますし、その姿勢を維持し続けることが、沖縄県民に良い医療を提供することになる、と考えるからです。

       ☆         ☆         ☆

医師の立場では、給料を減らされたら辞めてもっと待遇の良い所に行く、というのが自分の生活のため、という気はします。
組合活動なんて余計なことはしないで、もっと待遇が良く、自分を必要としてくれる場所に移る。
多くの医師がそうしているでしょうし、私個人としてはそれでも全然、構わないと思います。

でも・・・なんというのか。
つまるところ、私もこの地域が好きだし、この病院が好きなんですよね。
個人的には、組合に参加した動機としてはそれが大きいと思います。

公的病院の医師が集まって組合を作るのって、自分たち医師のためだけじゃない、と思います。
病院組織を維持するために、医師側からできることの一つなんです。

「こんな病院ない方がいい」と患者さんたち、地域の人たちが思うような公的病院は税金を投入してまで維持する必要はないんでしょうけど、あった方がいい、維持してほしいという病院なんだったら、医師が働きやすい病院でないと、患者さんに優しい医師、高い志を持った医師が集まらないし、いても次々と辞めてしまう。

もう一度、強調しておきます。

病院が維持されることで利益を受けるのは、医師だけじゃなくて、患者さんたちも、なんです。

私たち沖縄県立病院群につとめている医師たちが、忙しい業務の合間に組合を作り、組合を維持し続けるという労力を払ってまで自分たちの労働環境を良くしようとしているのは、それが決して自分たちだけのためではなく、自分たちが沖縄県民に提供する医療のため、すなわち沖縄県民のため、でもあることを知っているから、です。

       ☆         ☆         ☆

さて、話を沖縄県立病院群の医師労働組合に戻します。

組合活動などについてまったく無知な医師が新たに労組を作るのは大変でしたし、作る時に初めて知ったこともたくさんありました。

たとえば、公務員は「労働組合」という名称の「職員団体」を作ることしかできないことを初めて知りました。
労働組合法による組合ではなく、地方公務員法にのっとった「職員団体」が事実上の労働組合なんだそうです。
(今は公営企業法による病院事業局となったので、名実共に労組になりました。)

最大の武器は「団体交渉」です。それまでは給料を下げる、と言われたら「ハイ、了解しました」と従い、仲間内で愚痴を言い合ってガス抜きするのがせいぜいだったのが、交渉の席を設け、集団でこちら側の言い分を主張し、ある程度こちらの意見を反映させた結果に調整することができるようになったのです。
団体交渉の席にどれくらいの人数の医師が集まるか、は交渉の成否を握る一つの鍵となります。私も何度か団体交渉に参加したことがありますが(私は一参加者として黙って参加しただけ)、県の担当者を相手に病院現場の実態、実状を訴える先輩医師の姿には、自分たちが実践している医療への誇り、仕事への情熱が感じられました。
率直な感想は「かっこいいなー」です。
こういう人たちが沖縄県の医療の大事な一端を支えている。私は病理医としてそういう臨床医たちと共にあり、仲間の一人として頑張らなくっちゃ、と思いました。

当初は「県に所属する医師たちが労働組合を作ろう」ということで単一の労働組合を作ろうとしたのですが、一つの団体となることができない(「みなし管理職」の医師と、その他の医師では同じ団体に入れない、院長などの管理職は入れない)ことも作って初めてわかったそうです。
結局「県公務員医師管理職員労働組合」と「県公務員医師職員労働組合」の二つの組合となりましたが、組織は二つでも目的は一つ、活動も常に一緒です。
また、私の尊敬する年長の病理医も管理職扱いで入れませんでしたが「心は君たちと同じだ、応援している、頑張ってくれ」と激励されたことがあります。

このように、沖縄県立病院群で労組ができたのは、背景となる特殊事情もありました。

直接のきっかけは最初の方に書いた「医師暫定手当廃止事件」ですが、県の公務員医師会という組織がもともとあって活動していたこと(公務員医師会で手当について交渉しようとしたが、労組ではないので交渉できなかった)、沖縄県立病院群はその歴史的な理由から他県と異なり大学医局人事とは関係なく病院にいる医師が多かったこと(私自身も医局人事とは無縁です)は大事な要素だったと思います。
県立中部病院で研修後に就職している医師が多く、自分たちが実践している医療に自信と誇りを持っており、沖縄県立病院群を維持することが沖縄県民の利益となるという現場の医師たちの固い信念が、全国でも珍しい公的病院における医師の労働組合活動として結実し今も続いているのだと思います。

設立当初ほどの盛り上がりは今はありませんが、組合としては堅実に活動を続けており、少なくともその後「通達一つで大減俸」という事態はありません。
でも冒頭の新聞報道の通り、今年は団体交渉の大きな材料ができました。久々に盛り上がりそうな予感。
新聞記事に書かれたくらいですから、医師の労働組合が存在しているという事実だけでも県に対するプレッシャーとして機能しているのでしょうが、今年はきっとこれでいろいろあるだろう、と私は思います。
今月末には総会があり、出席するつもりでいます。


関連リンク

「人を不幸にしない医療」
(医師の労働条件、組合設立について章を割いてくれている本です)

沖縄県医師会報 平成12年3月に載った当銘正彦先生のコラム
(これを読むと組合結成当時の熱い気持ちが甦ります・・・)

5月14日、関連リンク追加。

ooyake「はしか"0"キャンペーン週間
(知事部局の医師によるブログ。私の勤務する病院のロビーでも保健所によるキャンペーン活動が行われています。こういう活動に医師は不要とでも?予防医学に従事する医師の手当をなぜ削減しなくてはならないのでしょう?)

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