2009年5月27日 (水)

新型インフル対策

基本的には浮世離れしてるこのブログですが、時には時事ネタも、ということで新型インフル関連のサイトを紹介させてください。

良くできてるなーと感心した、イギリスの国民医療保健サービス(NHS)のビデオです。
ooyakeで知りました。

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2009年5月14日 (木)

病理医は病理解剖をなんと思っているか

あくまでも私、個人の話です。病理医みながどう思ってるかは知りません…。

ある時、いきつけの美容院で、美容師さんに「解剖をしてるんですってね!」と尊敬半分、恐れ半分といった調子で話しかけられて、びっくりしたことがありました。

・・・ええ、確かに。
私は病理医ですから、病理解剖を執刀することも、私の職務の一つです。
口では美容師さんにそう答えつつ、内心は「ああ、私のイメージってものがあるから、内緒にしてたのに、誰がこんなところでバラしたんだ~~!」と思ってました(笑)

その美容師さんに話したのは同僚の一人で、噂話の中で、私の話になったんだそうです。
悪気はないんですけどね。
でもなんだか、私の秘密を勝手にバラされてしまったようで、恥ずかしかったです。
解剖を執刀する立場にあることが知れる、というのは、イメージダウンだと自分でも思ってたのでしょう。

世間では一般的に、解剖(病理解剖を含む)って、昔の「腑分け」のようなイメージというか、「バラバラ殺人の順序を逆にしただけ(死んだ人をバラバラにする?)」というような、むごたらしいイメージがあるのだと思っています。
でも・・・解剖を執刀する私の立場では、全然、違うんですけどね。

という訳で、一人の病理医である私が、病理解剖についてどういうイメージを持っているのかを、できるだけわかりやすく書いてみます。

岡井隆という歌人に「神の仕事場」というタイトルの歌集があります。
【神の仕事場】・・・です。みなさんは、このタイトルから連想する場所がありますか?

このタイトルから私が連想するのは、病理解剖室です。
病理解剖室は、私にとって【神の仕事場】。
・・・いや、もちろん、私自身の仕事場でもあるんですけどね。
神様と一緒に働く場、というか。
そこに神様がいるから、仕事ができる場所、というか。
【神の仕事場】というタイトルで、病理解剖室を連想するくらい、私にとって病理解剖は神聖なもののようです。

もう一つ、私の好きな表現は「病理解剖は医学葬である」というものです。
「医学葬」という言葉で、何を表現しているのでしょう。

病理解剖は、医学的な真実を追究する場です。
個人の死を、医学の技術でもって弔うのが医学葬たる病理解剖です。
医学的な真実を追究し、医療の進歩に貢献しつつ、葬儀としての厳かな雰囲気の中で行われる・・・そんなイメージです。

病理解剖は、ご遺体を師として、ご遺体に学ばせていただく、貴重な貴重な機会だとも思っています。
生前どういう方であったかには関係なく、病理解剖室の解剖台の上に横たわっただけで、そのご遺体は私たち医学、医療に携わるものの「師」となります。
一人の方の死に学ばせていただき、その死を、他の人たちの病態理解、病気治療のために活用させていただくのが、病理解剖なのですから。

ご遺体の「声なき声」を聞き取り、ご遺体の病気の状態や死因を把握するのは、たくさんの楽器が奏でるメロディを重ねあわせて、壮大な交響曲を作り上げるのに似ているかな、とも思っています。

比喩だらけで、かえってわかりにくかったかもしれませんが、まぁ、大体、こんな感じです。
決して、むごたらしいものとは思っていません。

病理解剖を詠んだ自作の短歌でもって、この記事を終わります。

  解剖は医学葬なり 人の死を医学の技(わざ)で弔う儀式
 
  一言も語らぬ遺体の組織から交響楽を聴きとる作業

  ご遺体の黙した言葉を聞きたくて標本に向かう 何度も向かう

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2009年4月13日 (月)

沖縄県の公立病院の現状について

上記のタイトルで、「地域医療の未来を考える懇話会」という会で発表してまいりました。
東京で開かれた50人規模の会合です。私の発表時間は15分。
世話役が旧知の間柄だったために私が発表することになった…というので大筋は間違ってないと思います。
その発表内容の概要を、こちらでも紹介したいと思います。
ネットからお借りしたスライドばかりなので、できるだけ借用元にリンクしつつ。
2
まずはこれ。この前提がないと話がしにくい。
私は一勤務医に過ぎませんので、その立場から見た、井の中の蛙による井戸の中の話です、という前提で、話をさせていただきました。

3 この画像はこちらにあったものです。
地理的な位置から、沖縄を中心にみると九州と台湾が同じくらいの距離で、東京や大阪はフィリピンと同じくらい、なんですね。

4 東京に那覇を置いてみた地図です。
(これはかつてこちらからのリンクで入手したものですが、現在はリンク切れになってしまっていますね・・・)
沖縄県って広い範囲に点々と島がある県だ、というのがわかると思います。この地図は後でもう一回、出てきます。

5 沖縄の公立病院の現況について話してくれ、ということだったのですが、沖縄の公立病院というのは図のように6病院。県立病院が大半です。
私は県立病院勤務ですし、主に県立病院の話をさせていただきました。

6 まぁ大体、こんな流れで話をしますよー、というスライドです。


最初は沖縄県立病院の分布から。8
この画像はこちらからお借りしたものです。




10私の勤務先からも画像をお借りしてます。
各県立病院には離島診療所が附属していること、沖縄県の人口はおおよそ130万人だが、その約9割が本島中南部に集中しているといわれていること(当院の診療圏は本島の半分以上の面積だけど人口密度は低い)などを説明しました。

11 これは県庁のこちらから拝借(35ページ)。
23ある離島へき地診療所のうち16は県立病院の附属となっています。

12さて、これが今回の発表で私が最もお勧め!というスライド。赤い点が県立病院の分布、青い点が離島診療所の分布です。
どれだけ広い範囲に点々と病院や診療所があるのか、よくわかるでしょう。北部病院がつくば市ぐらい、宮古病院は愛知県の渥美半島、石垣島にある八重山病院は奈良県にある、というぐらいの遠さです。

13 ということで、分布についてのまとめ。

15 次は歴史です。これはこちらこちらなどからまとめました。詳しくはスライドやリンク先をご覧ください。

19 医師供給源、というか、沖縄県立病院の医師はどこから来ていたのか、という話です。

21 県立病院の長所というか、優等生?(どうしても私はクエスチョンマークをつけてしまう…)というところです。

優等生、という表現はこちらから。(13ページ)

22 沖縄県の人口10万人あたりの医師数がどう推移しているか、というグラフです。これも沖縄県庁のこちらから(リンク先はマクロソフト・エクセルの表です、ご注意を)。

ずっと全国平均よりも医師数が少なかった沖縄が、平成16年から19年の間に全国との差をつめてきています。医師が増えている、ということ。

23 その理由は、医師臨床研修じゃないか、というのが私の仮説です。医師臨床研修の義務化が平成16年(マッチングはその前年)に開始しています。マッチング協議会(http://www.jrmp.jp/)が公表している資料をもとに、毎年の都道府県別マッチ率(マッチ者数/募集定員)ってのを計算して、上位5地域の年次推移をみました。沖縄は常に上位5地域の中に入っています。臨床研修を受けるため、他県から研修医が流入している、というのが私の理解です。

臨床研修義務化で、医学部を卒業したばかりの医師(=臨床研修医)が、都会の病院、都市部の病院に集まっている、と言われています。でもそれは間違いでしょう。
研修医(マッチング当時は医学生)は、自分が良い医師になれるような研修病院を選ぶ傾向があります。沖縄の臨床研修病院は、県立中部病院の臨床研修制度に追いつき追い越せ!の精神で、臨床研修医教育に非常に力を入れています。沖縄の臨床研修病院であればどこであっても一定水準以上の臨床研修医教育を行っている、と私は思っています。他県から見学にきた学生さんの話を聞いて、そういう印象を持っているのです。

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「沖縄にきた研修医は沖縄に残らず、臨床研修が終わると他県に出て行くらしい」という説もあります。これは全県的なデータはないので、自院の臨床研修医について、2年間の研修修了後の就職先が県内であるか、県外であるか、を調べてみました。(調べるというか、人数が少ないので一人ひとり思い出せる…。)研修修了時点での残留率は55%です。これは決して低い数字ではないと思います。

25 これは、こちらの2ページ(pdfファイルとしては3ページ目)の表を見やすくするために病床利用率と平均在院日数を抜書きしたものです。

26 それから、救急搬送について。出典はこちら。(24ページ、pdfファイルとしては26ページ目)

沖縄では県立病院が救急車を断らない、ということになっています。メディカルコントロール(救急隊と救急病院との連携)も、県内は良好…だと私は思ってます、専門外の分野なので詳しく内情を知っている訳ではありませんが、うまく機能しているように思えます。

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さて、欠点というか、劣等生である部分も列挙してみました。


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これは伊関先生の資料から。(6ページ、pdfファイルの7ページ目)


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そして、以前のフォーラムでも使った画像です。


33 最後に、県立病院改革の話をしました。



34 このスライドに挿入した写真はこちらのものです。
リンク先の新聞記事も、読んでみてください。



35 地元マスコミによる報道によって、県立病院問題は県民に広く知れ渡りました。しかし、正確でない報道もあり、誤解が生じているのは残念です。



そして最後のスライドです。36

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2009年4月 1日 (水)

古代ギリシャの墓碑(2)

趣味のブログを続けます。
ギリシャの国立考古学博物館で、私が最も心を動かされた展示を紹介します。
Img_2752







若い女性が裸の男の子に鳥を手渡そうとする姿が描かれた彫像です。
男の子は膝をつき両手を差し伸べて、小鳥を受け取ろうとしています。
Img_2754







乙女の端正な横顔には朗らかな微笑みが浮かび、
交差する二人のまなざしからは確かな信頼と相互への愛情が感じられます。
娘の手首から流れる衣装の襞も美しく。
Img_2755







最初、見た時には女神とその属神かと思いました。
まず連想したのは美と恋愛の女神アフロディーテ(ビーナス)とその使いエロス(キューピッド)。
しかし、豊満な肉体の持ち主であるはずのアフロディーテとしてはあまりに清楚。
胸のラインなども衣装に隠れて明らかではありません。
アフロディーテよりは月の女神アルテミスの方がイメージにあっているかも。
それに、この男の子は5~7歳くらいの姿をしていますが、エロスはもっと幼い姿で描かれることが多いですし、この男児にはエロスにあるはずの背中の羽もありません。

同じ国立考古学博物館で、他の部屋に展示されていたアフロディーテとエロス、パンの群像は、こんな感じです。時代も300年ほど後のものですが、雰囲気はかなり異なります。
Img_3115







女神の名を確かめるつもりで解説を読み、愕然としました。

Img_2756
これは墓碑。
ムネサゴラ(姉)とニコカレス(弟)という姉弟の死を悼んだ両親によって立てられた、と彫像の上の碑文に彫られているそうです。

ということは、二人とも死者。
黄泉の国で一緒にいる姿を描いた、ということなのでしょうか。
暗い黄泉の国、というよりは、明るいあの世、天国?
それとも生前の姿なのでしょうか。
ともかく・・・

  弟(手をさしのべながら)「おねえちゃん、その鳥、ぼくにちょうだい」
  姉(優しく微笑んで)「いいわよ、はい、どうぞ」

・・・という二人の死者の交流を描いた墓碑だなんて。
もう一度、全体の画像を出しておきます。
Img_2757
姉はおそらく12~18歳、弟は上にも書いたように5~7歳でしょう。
二人の子を失った両親の嘆きが、この美しい大理石の彫像に隠されています。
どのような思いで、この墓碑を作り(完成品を購入したという説もあるそうです)
この碑を見つめて何を思ったことでしょう。
両親の思いは時を越えて、この碑を見た私の心を揺さぶったのでした。

もしギリシャ、アテネにある国立考古学博物館に行く機会があったら、ぜひこの碑をご覧ください。実物には私の撮った写真では決してあらわせない迫力があります。
観光案内にはこの墓碑は紹介されていませんが、見て損はないと思います。
ガイドブック等に必ず載っているのはその近くに展示されているデーメテール(豊饒の大地女神)の秘儀とやらですが、そちらの良さは私には理解できませんでした。
この墓碑の方がはるかに美しい、と私は思いました。

国立考古学博物館にはこのように、美しく、悲しい墓碑が、いっぱいありました。


参考サイト
アテネ/パルテノンと考古学博物館」広島大学、長田年広氏による講演録

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2009年3月20日 (金)

古代ギリシャの墓碑(1)

ギリシャの国立考古学博物館で、たくさんの古い墓碑を見てきました。
もともとギリシャ神話が好きなので、神話に登場する神の彫像などを見に行ったつもりだったのに、私の心は完全に墓碑に奪われてしまって、途方もなく長い時間をそこで費やしてしまいました。そのうちの一つをまず紹介します。
Img_2774
紀元前420年ごろ、大理石に彫られた墓碑です。
左側に座った婦人と、右側に立った若い女性が握手をしています。
婦人の憂いに満ちた表情とは対照的に、若い女性は微笑み、優しいまなざしで婦人を見つめています。





Img_2773_3 解説文の写真も一緒に撮って来ました。
墓碑銘にはこう書いてあるのだそうです。
「アリストンとロドリアの娘、アリスティアここに眠る。
 愛しい娘よ、あなたはなんと良い娘だったことでしょう。」

若くして亡くなった娘を悼んだ両親が建てた墓碑だということがわかります。
簡潔な言葉に、子供を失った両親の嘆きが溢れています。

Img_2776_3 それにしても、この死せる娘の表情。
娘の死を惜しむ母の手が、黄泉に向かわんとする娘の手を引きとめているかのようにも見えるのに対し、娘の明るいまなざし、かすかな微笑みは、自らの死を静かに受容しつつ、母を慰めるかのような慈愛をたたえています。
生前と同じ、いや、もしかしたらそれ以上の輝きを放つ、死者の姿。

Img_2777_2 母の表情は娘とは対照的です。
かすかにうつむいたまなざし、わずかにゆがんだ口元。
娘の手を引き寄せながら、呆然としているかのようにも見えます。
悲しみに暮れる母の姿、と思えます。





Img_27741 亡き娘は、片方の手に鳥を持っています。
生者と死者が握手していたり、女性の死者が手に鳥や鏡などを持っていたり、宝石箱を召使に持たせたりしているのは古代ギリシャの墓碑によくある構図です。
鳥を持っていることの意味はわかりませんが、鳥は死の象徴という見方もあるようです。
空を羽ばたくはずの鳥が手の中に捕らえられている、と思ってもいいのでしょうか。



Img_2775_3 二人が手をとりあっていることが、また象徴的です。
生者と死者のあいだにある断絶は、この墓碑にはありません。
生死を越えた人と人との絆が、形として表現されているように思います。
いえ・・・どんなに強い絆で結ばれていようと、生死の断絶が人と人との間にある、ということもこの墓碑は訴えているように思えます。
優しくて残酷で、暖かさと冷たさがあり、明るく美しいのにどこか悲しい。

2400年以上昔の墓碑です。
娘の死を嘆いた両親も、この墓碑を彫った人物もとうにこの世から去って久しいのですけれど、時代を超えて、人の心を動かす力を持っています。

次の日記で、私が最も気に入った墓碑を紹介します。


追記:
この墓碑について書かれたサイトを探してみたら、ありました。
「古代ギリシャの墓碑浮彫りと墓碑銘」 田中咲子氏 (リンク先はpdfファイルです。)

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2009年3月13日 (金)

県知事が病院にやってきた

今日、県知事が病院に来ました。
事前に「短い時間ですが、知事が職員に話をするので、職員は業務に支障のない限り、集まるように」と連絡がありました。

私が病院に勤めて11年、知事が病院職員に話をしに来られるなんて初めて。
異例のことです。
一体どんな話をされるんだろう、とわくわくしながら知事が来る時間を待ちました。

大会議室に知事をお迎えして、まず院長が挨拶。
院長は病院への県財政からの繰り入れ増額を決断してくださったお礼を述べ、職員みなで事業局と一丸となって頑張ります、人材確保が一番の課題です、というような話をしました。
院長が挨拶を終えると知事が率先して拍手してくださり、遅れて私たち職員も拍手しました。そのまま引き続いて知事の挨拶となりましたので、知事の登場にも拍手をしたような感じでした。

以下、知事の話を思い出しながら書いてみます。

知事は、ご苦労さま、みなさんがやっている仕事を高く評価している、だから今の県立病院の医療を末永く続けるための方法を模索している、とまず言われたように記憶しています。

とにかく「末永く続けるため」ということを何度も言われました。

そのために過去に4回、県で計画を立てて経営改善をやったけれど、うまくいかなくて、今度が5回目。
医療を末永く続けるためで、今やっている医療をなくしたいとかそういうことではなく、続けるために、ありとあらゆる手段を検討しようということで、経営形態の話もその中で、あれはできない、これはできないとかはせずに、どういう方法があるのか、一旦は全部、考えてみようという中で出てきたのだ、と。

でも独法化反対の声があるように、それが誤解されて、病院をぶっつぶそうとしているとか、県が医療をやめさせようとしているとか言われているようだが、そんな訳ではない、自分たちがそんなことをするはずもない、くれぐれも誤解しないでください、と言われました。
平成21年度からまずは3年間、県としてお金を入れて、これまでたまった赤字もなくし、3年といっても1年ごとに様子もみながら、その先のことも勉強しながらて考えて、今の段階でもどうやったら末永く今のような医療が続けられるのかをある程度固めておいて、数年後に気がついたら医療を続けられなくなっていたということがないようにしたい、と。
新しい機械も買って、新しい医療をとり入れていけるように、ということも言っておられたかと思います。

自分たちはどうしても那覇にいるから、離島やこちらの細かいのことはわからず、机上の空論になりがち、机上の空論になっていた所もあるかもしれない、だから気づいたことがあったらぜひ教えて欲しい、病院から建設的な意見を出して欲しい、というようなことも言われました。私たち職員の顔を見ながら、一人一人に語りかけるように。

とにかく、誤解しないで、ということを何度も言われました。

知事挨拶の後、職員みなが拍手。
会議室から知事が出て行くとき、また、拍手で送りました。
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以下は私の個人的な感想です。

知事は、県立病院の現状と課題を、正しく認識しておられる、と思いました。
(伝えてくださった方々にお礼が言いたいです!)

今、現に、この地にある医療を、末永く続けること、そしてより良いものに発展させていくこと、が大事なんです。
最大の問題は、経済的、経営的なことから、続けられなくなりそうなこと。
それ以外にも問題はたくさんあるのですが、まずはお金の問題。資金不足。

一番、頑張らなくてはいけないのは、私たち職員。
だから知事は、来てくださったのでしょう。
「病院をつぶそうとしているのではない」と言いに。

「つぶそうとしていないなら、大丈夫さぁ~」と大船に乗った気にはなれません。
県知事がつぶそうとしなくても、この財政状況では、なすがままにしておくだけで県立病院はつぶれます…。
伊関先生の資料から、私のお気に入りの図をここに掲示しておきます。
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2009年2月21日 (土)

長野の県立病院

日本一の長寿県(男性)として有名になった長野。

昨日、その長野県の病院事業局長と会いました。
私の恩師の恩師、私自身もとてもお世話になり尊敬している先生(病理医)が、昨年8月から局長になったんです。
那覇市立病院に視察に来られるというので、ぜひ渡したいものがあって押しかけついでに、短い時間でしたが長野の話を教えていただきました。
(那覇市立病院の病理の先生、お仕事中にいきなりお邪魔してすみませんでした…でも先生とお話できたのも良かったです!…とこんなところで書いても、気づいていただけないかもしれませんが。)

県立病院のあり方が問題になっているのは、沖縄だけじゃないんです。
長野では、全県立病院を平成22年4月に独立行政法人化する条例案を、今月の県議会に提出しています。

長野県のHPをリンクしておきます。
 県立病院の地方独立行政法人化に向けての検討のページ
県立病院の地方独立行政法人化についてのリーフレット
県立病院の地方独立行政法人への移行について

みっつもリンクしましたけれど、一つだけお勧めするとしたら…この中で、一番、見て欲しいのはリーフレットですね。
簡明にして要を得ている。とにかく、わかりやすいですから。

個人的には、一番下のページの中にある「県立病院ニュース」がお気に入りです。
局長のメッセージ、県立病院への思い、県が目指す医療の姿勢がわかりやすく書かれています。

長野と沖縄。
「日本の屋根」といわれる山岳県と、海に隔てられた島が点在する海洋県とでは、もちろん一緒にはできません。
でも僻地医療、こども医療を県立病院が担っている、というのは共通です。

私の個人的な感想を知りたいですか?
「長野県に先を越されて悔しい(笑)」ということにしておきますね。

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2009年1月12日 (月)

県立病院再建計画

危機的な状況が続いている沖縄県立病院について、現場では大きな動きがあっています。

病院事業局トップが、全県立病院職員に対して各地で説明会を開いたのです。
まずは、地元紙の記事をリンクしておきます。
沖縄タイムス
公立医療維持へ決意/事業局・経営会議設立へ 病院側・人材確保求める
琉球新報
「不採算」部門堅持求める 県病院事業局経営再建説明会

この説明会の意義については、1月11日朝刊の琉球新報「追跡2009」がうまくまとめてくれているのですが、Webには見当たらなかったので、OCRで取り込んだものを掲載させていただきます。私のコメントはその後に。
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2009年1月11日 琉球新報 朝刊
当事者議論の第一歩  県の“本気度”探る現場

県立病院再建計画説明会

  県病院事業局(知念清局長)は、七日の先島を皮切りに九日まで県内各地で全病院職員を対象に、来年度から着手予定の経営再建計画の骨子を説明した。現場からは実効性への疑問や、不安などを訴える声が相次いだが、これまで四次にわたり実施された経営健全化計画では現場職員への説明はなく三日間合計で七百人余が出席した説明会開催自体に意義があった。病院職員一人一人が病院経営の危機、事業局は現場の状況を知り、当事者による病院再建に向けた議論が始まる一歩になったと言える。

事業局の変化

 「これまでの計画は誰がいつ、どんなふうにやるのかという具体策がなく机上の空論だった。今回は財源の裏付けがある計画だ。この計画でできなければ病院の再建はない」。知念局長は強調する。
 今回の説明会で局は、来年度にも病院が資金ショートを起こす可能性があることを明らかにし「二○○六年度からの全適(地方公営企業法の全部適用=現在の経営形態)移行時にすべきことをしてこなかった」と自らのマネジメントの悪さを認めた。宮古病院での説明で、同局の小川和美次長は「国や県に支援を求める以上、現場と局が一体となっていくことが必要。これまでできなかったのはなぜか。一人一人が自分はどうだったか考えないといけない。病院の持続的運営は誰かがやるのではない。われわれがやるのだ」と当事者意識に言及した。

不信と期待

 事業局幹部や院長の強い決意に、病院間で差はあるものの、現場職員にも少しずつ変化が見られた。
 中部病院での説明会では、県立病院経営の最大の問題といわれる約百億円の資金不足について「百億円はわたしたちだけの責任ではない。知事部局にも責任を求めていく」との局の説明に対し、医師の一人は「これまでは『あなたたち』だったのが『わたしたち』という主語で正直、うれしかった。局を信用したい。だから信頼できる言動を取ってほしい」と局へ不信と期待の入り交じった複雑な心境を漏らした。
 各病院で共通して出た意見は、黒字化までの本庁を含む事業局職員の固定化だ。知事部局との交流人事で二、三年で幹部が代わることへの病院現場の不満は以前から根強い。「病院事業の再建の道は容易ではない。県は(再建を一大プロジェクトとして政策上位に位置付け、黒字化まで今のメンバーで取り組んでほしい」と、事業局や県側の“本気度”を測る提言もあった。
 自治体病院の再建には、病院だけでなく、病院にかかわるすべての人たちが当事者意識を持つことが必要だといわれる。事業局と現場の変革を仲井真弘多知事、県議らがどうとらえる
か。医療を守るためにもがく県立病院を、民間医療機関を含めた県民がどう支えるかも課題だ。(玉城江梨子)
20090111sinpo1
病院事業局が策定する経営再建計画の説明を聞<病院職員ら=9日、うるま市の県立中部病院

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一職員として、私見をこちらに書いておきます。

過去にも確かに、経営健全化計画、というようなのがあったことを記憶しています。
でも、すべて計画倒れに終わり、県立病院群の赤字は膨らむばかりとなっています。
計画時点で、「この計画はうまくいかない」「失敗するだろう」と思っていました。
病院の現場を知らない人たちが病院の収入を上げ、経費を削減させる、という計画を立てているようにしか思えず「県庁が作った病院の経営再建計画なんて、机上の空論」「こっち(病院)とは無関係」「失敗は目に見えてるけど、あっち(県庁)が作った計画なんだから、失敗の責任もあっちにある」と他人事のようにしか思っていませんでした。

昨年末に、今回の計画が発表された当時は「また同じような机上の空論なんだろう」と思っていました。発表された翌日の新聞記事をリンクしておきます。
これを読んでも、従来とどこが違うのか、私にはあんまり実感を持って感じられませんでした。
「県一般会計からの繰入金の増額など」と一言、書いてあるのですが、そんなの無理に決まってる、と現実味のある計画とはまったく、思えずにいたのです。

これまでとまったく違う、と感じたのは、説明会の方法と内容でした。
従来の説明会は、午後3時から、とか午後4時から、などと業務時間内で、通常業務に追われている現場では参加しにくいものでしたが、今回は開始時間がそもそも午後6時半。
日勤の職員なら、ほとんど揃うことができる時間帯です。

そして会場のセッティング。
事業局トップと病院幹部が数列に渡り机を並べて、説明側として会議室正面に座りました。これまでは一列、病院事業局からの人だけが並んでいたような気が。

説明会の内容も、これまでと違いました。
資料をもとにした説明ではあるものの、資料の種類を一通り示した時点で職員から一部の資料について不適切性を疑う発言があった時には「不適切ということであれば、取り下げても構いません」と、一方的に強制するために来たのではない、という姿勢を事業局トップが明確にしました。
事業局の説明時間よりも質疑応答の時間の方が長く、職員からの質問が途絶えると「まだ何か聞いておきたいこと、聞き残しはありませんか」と何度も質問を促し、この機会にとことんまで話し合っておきたい、という意気込みが、強く感じられました。

説明内容の骨子は「県の責任で、病院を再建する」というものです。
具体的には、一般会計からの繰入金の増額と、病院事業局の主導によるさまざまな経営改善プロジェクト。

沖縄県立病院はずっと、餌(資金、特に繰入金)も十分に与えられないまま、走らされている競争馬のようでした。
必死で走っていましたが「もっと早く走れるはずだ!」と痩馬を鞭打つだけ、というのが病院事業局による、これまでの4次に渡る経営改善計画のように思えました。
馬は騎手を信用せず、騎手もどこまで馬のことを考えていたのか。
計画は失敗しました。

今回、鞭打たない代わりに「餌が足りなかったんだな、十分な餌を持ってくるぞ!」と約束する騎手(事業局)があらわれたんです。
これまで長年に渡って築きあげられた不信は、すぐに払拭できる訳ではありません。
ですけれど、事業局の熱意、本気は、感じられました。
少なくとも当院は、これで、すぐにでも走り出すと思います。

もちろん、不安はぬぐえません。
騎手は約束してくれたけど、馬主さん(沖縄県、もっと具体的には知事)が「いや、餌を買う金はない、この馬に餌を増やす必要はない」といって覆してしまえば、元の木阿弥です。

県立病院事業は、県にとって、どの程度、重要な政策なのでしょうか。
県庁は、県知事は、どう思っているのでしょうか。

そして県民は。

毎年のように生じている、約100億円の沖縄県立病院の資金不足。
この額を沖縄県の人口137万人で割ると1人7249円です。

小さな額ではありません。
「県立病院の民営化反対」「県民の医療を維持せよ」と言葉で言うのは簡単です。
ですけれど、これだけの額を、赤ちゃんからお年寄りまで、全県民が出せるのか。
出せないのなら、どうするのか。

沖縄県立病院は、こんなところまで、もう来てしまっているのですが。

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2008年12月10日 (水)

フォーラム発表内容

女性ネットでのフォーラムでの、私の発表内容です。
長くなりますが、発表で使ったスライドと説明内容の概要をこちらに載せます。前の記事 と重なることも多く、また記憶を頼りに書いているので、話した内容の細かい点は違っているかもしれません。

それと、私は管理職でもなんでもなく、1人の職員にすぎませんが、職員の立場で理解しているレベルのことを地域の人たちと共有したいと思って時間をかけてスライドを作成しました。違う立場からみたら、ココは違ってるんじゃないか、という内容もあるかと思います。それでもブログに載せるのは、フォーラムに来ていた人たちだけではなく、他の人たちにもこの問題を知って欲しいから、です。
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ここまでは大体、スライドを読んでいただければわかる通りです。

4番目のスライドは伊関友伸先生の資料から借用しました。

かつての夕張市立総合病院を「財政破綻型」、休止がまだ記憶に新しい銚子市立総合病院を「医師不足型」の例として説明しました。

5 5番目のこのスライドは、正直、出すかどうか迷ったものです。
私は経済学がとても苦手です。100億などという巨額のお金を想像しようとしても頭が拒否しますし。でも、そんな私でも理解できたのは、県立病院が毎年のように100億円近い一時借入金というのに頼って経営していること、財政破綻寸前というよりは既に財政破綻している、という状態だということです。このままでは危ない、というよりも、既に危機が訪れている、ということです。

6 6番目、このスライドはあくまでも私見です。これを鵜呑みにされても困るような気がしますが、少なくとも私はこう思っている、というものです。

まず、県立病院の収入が低いのは診療報酬の取りこぼしがいっぱいあるからじゃないか、と思うんです。現場にいるとそういう場面を多々、目にします。たとえば、民間病院なら2年毎に改訂される診療報酬の情報を改訂される前に可能な限り仕入れておき、改訂された4月から最大限の診療報酬が得られるように工夫しているのですが、県立病院では事務職、特に診療報酬担当者が2-3年で異動するので、異動前後で引継ぎがちゃんとなされなかったり、4月に初めて診療報酬というものを知るような事務職が担当したりして、とれるはずの収 入もろくにとれないままの状態だったりします。

支出については、前のスライドにいったん戻し、平成18年度から借金の額がものすごくふくれあがっており、それは南部医療センター・こども医療センターを新築したことが大きな原因だと思われていることを説明しました。こども医療センターは県民の署名もあって県内にこども病院が必要ということで作りました。が、こども病院というのはどこの県でも大赤字 で、作るならそれ以外の機能も併設しなくては、と南部医療センターと併設にしたのだと私は理解しています。でも一流ホテルのような豪華な病院を作ってしまって、そのために大きな大きな赤字が出ており、今後もその赤字は続きます。
給与も、全体的に県内民間病院よりも高い水準にあるけれど、医師だけは県内民間水準よりも低いんです。だから民間病院ではなく県立病院を選んで来てくれた常勤産婦人科医は本当に稀有な存在であること、その低い医師給与を更に下げようという計画が県側にあり、そのまま実施されたら医師不足型の崩壊につながりかねないことを言いました。
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悪いことばっかり言うのもナンなので、少しは良いことも、と私からみた病院の長所もスライドにしてあります。ちょっと我田引水ですが。

8 今、検討されている独立行政法人化(独法化)ですが、私もこの仕組みというのはよくわかっておらず、自分でわかっていることだけを話したつもりです。
「自治体からの繰入金(資金援助)が可能」というのは、設立する自治体が資本の半分以上を持つことが決められている、つまり県が設立するのであれば、県単独ではなく他の自治体、つまり北部十二市町村も資本金を(半分以下なら)出すことができる仕組みなのだそうです。そもそも、県と市町村が共同して設立母体になることもできるんですけど、そこまではフォーラムでは言いませんでした。

9 独法化したからといって絶対に良くなるという保証がある訳ではなく、現在の公営企業法全面適用が「ニセ全適」と云われる(権限の移譲がない、などの)状態であるように、独法化についても不安があります。率直に話したつもりです。

10 ここで伊関先生作のスライドです。私はこの図がとても好きです。
自治体病院の存続にはみんなが関わっている、関与する必要がある、というのがよくわかる図です。どこか一つに丸投げしていては問題解決できず、みんなが、それぞれの立場で、できることをしないと、自治体病院は維持できないのだと思います。

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住民にできること、という意味で、兵庫県の「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動を紹介しました。当日、プログラムと一緒に絵本も配布したのですが、予定以上の参加者だったため、もらえなかった人もいたようです。

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話は後半の山へ・・・。
もとネタはとある医療に詳しいジャーナリストさんから頂戴したのですが、この地域でいるとしたらこの二つのタイプかな、と思って紹介しました。
ココでは穏当な表現ではありませんが、続くスライドで解説しています。

13一つ目のタイプの住民を説明するのに、私は「地産地消」から入りました。
地産地消を実行している人は多いと思います。フォーラムに締めていった芭蕉布の帯を紹介し、芭蕉布は東京などでは地元の何倍もの価格で取引されていて、もともとは沖縄の庶民の日用品だったのに、地元の人が使わないで高価で手が届かないものになって廃れていってしまうのは残念なので、機会をみつけては着ています。ささやかな地産地消、のつもりで。

だけど、病院も同じことなんです。

たとえば、と実例をあげました。
虫垂炎、と診断したら、中南部の病院で手術します、と紹介状を求めて帰っていく患者さんがいます。こんなところに腕の良い医者がいるはずない、と考えるのは地元についての謙遜のつもりかもしれませんが、私たち医師ができると思っていることすら任せてもらえないのでは、医師としての技術、医師としての腕を信用されていない、バカにされてる、と思います。地元の病院をバカにして、診断だけされたら他地域に手術をしにいく、というのでは地元で手術ができなくなります。「沖縄一の名医」に治療してもらいたいという気持ちはわかりますが、みんながそうして、ただ一人の沖縄一の名医のところに行くようになったら、地元で治療はできません。
確かに地元でできない治療というのもありますから、それは地元じゃなくてどうぞ他の地域に行って治療してください。でもできるだけ「地産地消」だけではなく「地病地療」も心がけていただきたいのです。

14 かといって、軽症で24時間病院に来るのはやめていただきたい、と次のスライドを出しました。
病院はコンビニではない、ということはみなさんおわかりでしょう。
昼は忙しいから夜にでも病院にいくか、というのが「コンビニ受診」といわれる行動だというのは、誰もがわかると思います。
でも実際に問題になるのは、朝からずっとお腹が痛かったけれど夜になっても続いている、どうしよう、夜中になった今、病院に行こうかどうか、という時ですよね。
この答えは後で言いました。

たとえば脳外科。脳外科の先生は2人です。
夜に緊急手術が入ったら、2人とも出てきて手術をして、もし翌日に予定手術や外来が予定されていたら、そのまま続けて働くんです。
夜中に呼び出されて患者さんの診察をしたら、その次の日もそのまま働きます。病院で夜中働いたからといって、朝になったら家に帰って眠れる医師は残念ながらいません。
だから夜中、時間外に受診するのは「急病」だけにして欲しいのです。

そこで、さっきの話の答えになります。
「朝からずっと痛くて夜も続いている」というのは、夜中に病院に来なくてはならないほどの急病なのでしょうか。
それは、痛みが、どのくらいのものなのか、によります。
朝まで我慢できそうにないような激しい痛みで、すぐにどうにかしないと耐えられないような痛みなら、夜でも遠慮なく病院に来てください。
朝から痛みが続いているけれど、我慢できないような痛みではなく、ただ続くから心配、というのなら朝まで家で様子をみることもできるのではないでしょう か。眠ることもできないような激しい痛みなら、病院に来てもいいですが、もともと不眠傾向があって、お腹がちょっと痛むのが気になる、というのなら翌日で もいいのでは、と思いますよね。
判断が難しいことも、もちろんありますが・・・。

15 名護の21世紀ビーチを背景にしたこのスライドは、私の率直な気持ちを述べたものです。よろしかったら、拡大してお読みください。


最後にもう一度、私のお気に入りのスライドを出して、発表を終えました。
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女性ネットによるフォーラム

Photo12月5日(金)に女性ネットの主催で「やんばる母と子の命を守るために~県立北部病院の役割」と題したフォーラムがありました。

地元紙の報道をリンクしておきます。
 沖縄タイムス
 琉球新報

マスコミが県立病院のあり方検討などの問題を取り上げて続けてくれているためか、100人規模の会場に予想以上の人が集まりました。

会場入り口では津嘉山酒造所による「やんばる母と子」限定ボトル(画像)と、家庭料理の本「沖縄発パパッとご飯しっかりご飯」のチャリティーセールがありました。津嘉山酒造所さん、宮城都志子さん、ありがとうございました。

私もパネリストということで発表させていただきました。
それはまた、次の記事で。

2009年5月15日追記。

津嘉山酒造所では、工場販売限定でこの「やんばる母と子ボトル」の販売を継続してくださるそうです。工場に行かなくちゃ買えないそうですが、入手ご希望の方は、津嘉山酒造所を訪れた際に注文してみてはいかがでしょう。国の重要文化財にも指定されるようですし、一見の価値はある工場です。

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